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第33話 熱帯夜と寝室

お腹を満たす為に食事したつもりが、料理もお酒も予想に反して美味しかったので会計をした時には結構、いやかなり、酔っていた。 桐生は足取りもしっかりし、顔色は変わっていなかった。 「タクシー呼ぶか?」 「いや、歩いてすぐだし酔いざめに歩く……」 そう言って、歩くが締切後の眠気もあって足取りがふらつき電柱にぶつかりそうになった。 「……俺がおぶってやるよ。ほら、背中に乗れ」 溜息をつきながら、桐生は屈むと鍛えられた広い背中が腰ぐらいまで、低い位置に見えた。 今日の桐生は優しい。 久しぶりに酔って仕事や桐生の追っていた過去の事件など様々な話に華を咲かせた。 出会った頃のように楽しくて、先程の狼狽が掻き消されそうだった。 「いや……いいよ……」 そう言って断るが、とうとうに眠気が襲い、瞼が下がり、ふらつくいた自分を桐生は無理矢理背負ったのか、気づいたら足が浮いていた。 「ほら、黙っておぶられろ」 軽々と成人男性を背負ったその背中は熱くて、引き締まり程よい肩甲骨が枕のように当たると気持ち良かった。 「……んっ……気持ちいい」 「涎垂らすなよ。」 おぶられながら、揺れる振動が心地よくて寝そうだった。桐生の胸にあたる頬から、桐生の鼓動が伝わった。 「……桐生、心臓バクバク聞こえるけど……、ふはッ……」 早く鼓動を打つ心臓の音が少し心配になったが、思わず笑ってしまった。 「……大丈夫だよ。黙って寝てろ」 「……緊張してる?優しいのか雑なのかわからないや。……でもこういうの桐生とできて、……俺、嬉しい」 昼は小雨が降って冷えていたが、夜はむっとした暑さがまだ肌に張り付いていた。微睡ながらゆっくり揺れ、過ぎていく道なりをおぶられながら見ていた。 「あと少しで、あの家出てくから」 桐生は俯きながら歩いて黙々と前を歩いた。 周辺は住宅地の裏道なのか誰も歩いていなく、街灯が仄暗く足元を照らして静まり返っていた。 「うん、色々ありがとう。あとさ……」 眠そうになるのを堪えて、欠伸を噛みしめた。 響いてくる桐生の歩く振動が、身体を揺らして眠気をさざ波のように誘ってくる。 「なんだ?」 立ち止まる事なく、桐生は息を切らす事なく薄暗い道をおぶって歩き続けていた。 あと少しで家に着きそうだ。 「寝室にさ、帰ってきなよ。夜暑いだろ?なんだか申し訳なくて、こっちが寝れないんだ」 「……分かった。何してもいいならな」 根に持ってるのか、素直に謝る事もなく桐生は言った。 「何もしないでくれ。あと数日なんだから、俺の不眠の為にも今日から隣で寝ろよ」 そう言い終えると気持ちよさが上回り、眠気に勝てず瞼を閉じて、意識が遠のいた。 「……お人好しなんだよ……馬鹿」 自分よりも逞しい背中に揺れながら久しぶりの惰眠に耽っていると、遠くで桐生の舌打ちが聞こえた。

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