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第34話 黒木との会話
昨夜の酔いから目を覚ますと、また桐生に抱き枕のように抱き締められていた。
朝一で病院の予約をしている事を思い出し、軽く桐生を小突いてシャワーを浴び、飛び出すように慌てて病院に向かった。
昨日着ていた服は新しいシャツに着替えられていたので、桐生はあのまま眠った自分を介抱してくれたようだ。
とりあえず寝室へ戻ってきた桐生は朝から小言を言われ、不機嫌そうだった。
リハビリを終えて、予約した診療内科の外来待ちをしていた時に入院時担当医だった黒木に声をかけられた。
「お久しぶりですね!」
威勢の良い若手医師の眩しさに、二日酔いの自分は消えてしまいそうだった。
「……お久しぶりです」
「体調はその後どうですか?」
黒木は微笑みながらホール脇に寄って人目を避けた。
「順調です。リハビリで麻痺も大分良くなりました。黒木先生のおかげです。ありがとうございます」
丁寧にお礼を言い頭を下げた。
周囲には人は少なく、黒木は辺りを見渡した。
「……いや、僕は仕事をしただけですから。それよりも菫先生とても心配してましたよ。お知り合いですか?」
にこっと爽やかに笑う黒木とは別に、菫の名前が出て胸が痛んだ。
昨日着信があったが出るのもやめて、メールだけ受信した。
「……菫先生とは、知り合いの知り合いでして」
間違ってないが、苦しい言い訳だった。
「そっか。てっきりすごい心配してたから、菫先生の親戚か身内の人だと思ってました」
黒木はやや驚いた表情で見てきた。
笑うと爽やかで背も高く、相手には困らないであろう容姿をしていた。
「……いや、しがない知り合いです」
「そっか。……あの、すごいプライベートな事をお聞きしますけど、菫先生の好きな人を知らないですか? ……先生、普段は冷静で落ち着いてるんですけど、最近好きな人が出来たせいか浮足たって色んなお店調べてたりして皆気になってるんですよ。……普段あんなに仕事できるから看護師チームからは阿鼻叫喚で探ってこいて必死に言われてましてね……」
困ったようにうんざりする黒木は苦笑した。
どうやらずっと言われてるらしく、藁にも掴む思いで聞いてきたようだ。
「……そうなんですか。先生可愛いですね。好きな人が羨ましいですよ。今の所、好きな人は分からないですね」
「こないだなんて、都内の隠れ家レストラン教えたら、その人と行けたようで、すごい楽しそうに仕事してましたよ。もう皆誰なんだ!? て周りは大変なんですけどね……」
黒木は目を細めてまた思い出しては笑っていた。菫の仕事している姿は見た事がないが、恐らく大変魅力的なのは分かった。
恐らく自分は下見ついでに行って、あの後本命と行って食事したのだろう。
悪気のない黒木の言葉が辛くなった。
「先生、その方と上手くいくと良いですね。じゃあ丁度外来の予約があるので、お互いにまた先生の進捗を話しましょう」
「あ!すみません、余計な事で時間とらせちゃいましたね。……あ、菫先生には内緒ですよ!」
そう言って手を振りながら、黒木は去って行った。
この大きな病院の中に菫が働いているかと思うと少し緊張したが、恋する菫の姿を思い浮かべて胸が痛かった。
結局、何もしないうちに終わった。
好きにならないようにブレーキをかけても、適齢期を迎えた独身男性に自分が見合う筈もない。
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