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第35話 余計な助言
皐月へ連絡するが、発信音だけで終わり電話に出ることはなかった。
仕事が忙しくても、以前なら声は聞けたはずなのに単調なメールで返信が来て、それっきりだった。食事を誘う事も、何処かへ出かける事も出来ず、ただ桐生の元へ皐月を帰した事を悔やんだ。
せめて次の約束を取り付けておけばよかった。
「菫先生、本命さんと食事いけました?」
黒木が携帯のケースを閉じる自分の背後から覗きこんでにやにやと顔を緩めた。
「……つれなくてね。食事は行けたけど、ここ最近冷たいんだよ」
やはり、無理に抱き締めたのがいけなかったのか。それか、皐月の気になる人がいるという言葉に、勝手に嫉妬して詰め寄ったのがよくなかったのか。
思い当たる節がありすぎて、皐月が自分に振り向いてくれない確率だけ高く感じ、また付き合えるのだろうかと不安になった。
今の所、勝算はなく記憶も忘れられるほど自分は皐月に嫌われてるのだろうか。
皐月はやはり桐生の方が好きなんじゃないか。
その不安は付き合ってる時となにも変わらないなかったが、真っすぐに自分をみつめる皐月の瞳は愛しさだけ募った。
「へぇ、先生の誘いを無下に断るなんてどこの美女なんです?」
美女と聞いて、力なく笑った。
皐月は美女でもないが魅力的だった。
「まあ君の恋人には敵わないよ」
そう言って荻をからかい、携帯ケースごと白衣の懐に収めた。これからカンファレンスでまた長丁場で忙しくなる。
そもそも皐月と付き合えたのは、押して押して、つけ込むようにして、やっと許してもらったに近い。
手離した代償は大きく、二度と手に入りそうになかった。だが、久しぶりに触れた身体に嬉しさと懐かしさでずっと抱き締めていたかった。
真っ新な状態で笑って自分をみつめる皐月が傍にいるだけで、我慢するしかないのか。
でも今は電話すら出ない。
皐月と離れる度に桐生がいる家からへ帰すのが嫌だった。ずっと傍にいて、朝を迎えたい。
「思い切って旅行でも誘ったら、いいんじゃないですか。日常と違う景色に結構くらっときますよ。……そうだ!朝倉から宿泊券を貰ったんですけど、どうぞ。朝倉も俺も暫くは学会で行けなくなりそうなので、これを楽しみに働いて下さい。本命さん喜びますよ!」
根拠のない並べ立てられた黒木の言葉に思わず心が動いて、自分の策がここまで尽きたことが笑えてた。
目の前のカンファレンスの資料よりも手渡された箱根の宿泊券の方に興味がわいた。結構評判の良さそうな旅館だ。追加で部屋をグレードアップしたら、もっとゆっくり身体も休めそうだ。
「……そうだなぁ。ちょっと考えてみるよ」
いきなり誘うと皐月は警戒をしてしまうかもしれない。
朝倉が行けなくなったのを口実に誘い、一緒に温泉でも入って、ちゃんと自分の気持ちを伝えてよう。
はやる気持ちを抑えて、蒼は休みのない仕事にやる気を感じ、消化されていない有給の為に暫くは一心不乱に働こうと思った。
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