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第36話 看病と想い人

菫から着信が来ていた。 またどこかのレストランの誘いで、恐らく本命との下見の依頼なのかもしれないなと思いながら携帯を眺めた。 喫茶店で一向に終わりを迎えない物語を書き上げつつ、ぬるくなった三杯目のアイスコーヒーを飲んだ。 自分がこんな沈んだ気持ちになるとは思ってもいなかった。 とりあえず後で仕事を理由にメールで単調な辞退を申し入れる予定だ。実際に二本締切が迫っており、嘘ではない。 兎に角、今は友人のふりをして本命へのお膳立てに協力するのは精神的にも肉体的にも辛かった。 だが、そうしないと菫とは友人関係を築けない。時間を置いて、仕事も落ち着けば気持ちも整理がつき、また前みたいに菫と食事できるだろう。 もやもやとガンガンに冷房が効いた喫茶店で、頭痛と戦いながら仕事を進める。 先程からコーヒーの飲み過ぎなのか、頭が痛い。久しぶりの失恋と失恋相手のお膳立てという至極辛い境地で二本締切に追われているせいかと思ったが、なにやら寒気もする。 ついに喫茶店を出たが、外に出ると暑さに包まれて吐気が増すだけだった。 気持ちも身体もものすごく重く感じ、怠かった。 ふらふらになりながら、なんとか帰宅すると桐生が顔色を見るなり、心配そうに体温計を差し出してきた。 「また、アイスコーヒー何倍も飲んで涼んでたな。顔が赤いぞ」 「……うん、ちょっと気持ち悪い」 「熱測ったら寝とけ」 居間に座りながら、冷たい体温計をぼんやりとした意識の中脇に挟んだ。 しばらくして電子音が鳴り取り出すと、桐生が体温計を横から奪い取った。 「……あっ……」 「38.7度。風邪だな。おかゆとうどんどっちがいいんだ?」 溜息をつきながら桐生は力なさげに笑った。 病人には優しいらしい。 桐生は布団を敷き、その日は温かいうどんを食べて身体を休めた。 寝る前に菫へ風邪を引いたので、しばらくは食事も行けないとメールを打った。これで会えない口実を上手く作れたと自分の軟弱さに感謝しつつ、安堵した。 このまま、会えなくなるのは嫌だった。 菫のそばにまだ置いて欲しかった。 そんな淡い想いを感じながら、額に熱冷ましを張られ眠った。

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