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第37話 蒼の独白

カンファレンスは新しい課題やさらに問題点がないかを確認して細かな調整を終えて、蒼は疲れた足取りで医局に戻った。無機質な部屋には数名の医師がおのおの休んだり、カルテを打ち込んでいた。日本に来てこんなに多忙になるとは思わなかったが、以前より大分慣れてた。 母が亡くなり急に離れた父の意向で菫家に養子に戻されたが、学費も出してくれ待遇も手厚く感謝はしていた。だが、ヴァイオレット家は伝統と格式を重んじ、アメリカやEUなどのどの国にも名を馳せた世界経済の重鎮だった。家族は優しかったが、周囲の目は長男で養子として離れて暮らす息子には冷たく映り、蒼もどこかひどく疎外感を感じた。そして他の兄弟とは一線を引いて、父の力がさほど及ばない医療の道に進み、ヴァイオレット家とは馴染みが薄い日本に逃がれるように移り住んだ。 海外育ちなのもあり、初めは持てはやされもしたが、ヴァイオレット家である事も上手く隠し通せら事もできず、自分が何者であるか分かると集まってくるのは形許りの言葉、自分の職業と家柄でしか判断できない人間だけだった。 本当の自分を求めて欲しくて、いつも孤独を抱えていた気がした。 同じようにアメリカで暮らしていた弘前が日本に移り住んだので会いに行くと、皐月がおり一度だけ紹介された。 皐月は覚えてないが、それから何度か夜勤に出勤する際にコーヒーショップで待ち合わせをする皐月を見かけていた。 何度も時計を見て、相手から連絡が来るのを待つ皐月の表情は可愛らしく、見かける度に相手を羨ましか思った。 そして暫く見かけなくなると、寂しくなり弘前に聞いたが連絡が取れないとわかり皐月を酷く心配した。 偶然、学会の出張先で皐月と再会した時は天にも昇るほど嬉しかったのは言うまでもない。更に運が良いのか、相手と別れた皐月は落ち込んでいて、初めは励ますつもりが段々と好意が本気になっていくのを感じた。 その頃はまだ桐生に想いを馳せる皐月が切なかったが、楽しく過ごせた。 皐月と出会った頃は日本語もまだ怪しく、よく笑われながら教えて貰った。 だが東京に戻ると自分の嫉妬が増して、どんどん皐月を信じられず疑っていた。 初めて自分が求めた皐月手離してから激しく後悔し、辛かった。 今も愛してる想いは変わらず、早く逢いたい気持ちばかりが募った。 蒼は皐月のメールに気づくと胸が躍り、黒木から押し付けられた宿泊券が机から見えた。 どうやって旅行を取り付けようか悩むと蒼は携帯を取り出した。 宿泊券も期限が迫っており、皐月の仕事と自分のスケジュールを早く調整させたいと考えた。 『お久しぶりです。大変申し訳ありませんが、風邪を引いたので、移すと悪いのでしばらく会うのは控えます。蒼さんもお身体お大事にして下さい』 業務連絡のような内容に少し傷ついたが、風邪という文字を見て、急に皐月が心配になった。 最後に会った時は元気そうだったが、大丈夫だろうか。 蒼はすぐに時計を見て、夜の20時を指すのを確認した。今日はこれから夜勤で明日は休みだ。 『体調大丈夫?すごく心配だから明日、午後にお見舞いに行きたいです。家の住所は前に教えてくれたので、調べてから伺います。欲しいものあれば教えて』 断られそうだったので、無理矢理こじ付けるように文章を作成した。 こんなに必死になった事はなかった。 家には桐生がいるのは分かっていたが、会えない寂しさと不安さが勝り大胆にもメールを送信した。 小さな可能性に望みをかけて、会った時に旅行を誘ってみよう。そして変わらない想いをつげて、少しでもいいからこの熱い想いが報われるようにしたい。 蒼はメールの返信が来なくとも、逢いに行こうと決めていた。

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