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第38話 皐月の独白

タクシーの中、緊張して鳴り響く鼓動の音と揺られながら聞こえる振動。そして重なるように縫い止められた手のひらが忘れられなかった。 あの時、どうして、もっとよく感触を覚えておかなかったのだろうと後悔してしまう。 そして、もうすこしだけ触れていたかった。 菫と付き合えたら、しあわせなのだろう。 とぼけた表情と端正な顔からは想像できない犬のようなかわいい仕草。笑い合いながら毎日を過ごすと思う。 それは自分ではない。 この想いは、淡い期待のまま、泡となり、消さなければならない。 菫には好きな人がいる。 あきらめよう。いや、焦がれてはだめだ。 そんなことを考えた、重たい夢だった。目が覚めると、手のひらがじっとりと汗ばんでいる。 いつの間にか桐生の手を繋ぎながら寝ていた。慌てて急いで手を離すと、桐生が瞼を開けた。 「まだ熱はあるのか? 昨日はうなされていたぞ」 身体を起こし、桐生はじっと心配そうにこちらを見つめた。桐生は下ろした髪が普段のスーツ姿とは違い、学生のように若く見えた。目元には薄らとクマがあり、眉間に皺を寄せて不機嫌そうだが疲れてそうだった。 「うん、もう大丈夫。昨日はありがとう。今日は家にいる?」 身体の怠さと熱はまだ残るが、昨日に比べると寒気も落ち着き、大分快方に向かったようだった。 「いや、これから一件だけ仕事に行く。午後には帰ってくるからおかゆもあるし、ちゃんと食べて寝ろよ。無理はするなよ。それと悪いが、先にシャワーをかりるな」 桐生は立ち上がって、シャワーを浴びに行った。

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