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第41話 蒼と桐生
「……桐生くん、久しぶりだね」
蒼は皐月と出会った喫茶店に足を踏み入れると僅かな客の中から桐生を探した。
桐生は冷房が効いた店内で疲れたように長い脚を組み、文庫本を読みながら涼んでいた。テーブル脇の椅子には先程自分が買ったものと同じパッセルのプリンの箱が置いてあった。
「蒼さん、お久しぶりです」
桐生はアイスコーヒーを注文し、既に半分飲みかけていた。
蒼は店員に温かい珈琲を注文し、穏やかに微笑むと店員は顔を赤らめて注文を受け取った。
「急に呼び出してごめんね。いつかちゃんと話したいなて思っててね」
桐生は本を閉じ、組んだ脚を反対にし頬杖をつきながら不機嫌そうに睨みつけた。
「……俺には話す事なんてありませんよ」
「皐月と暮らしてるんだっけ。君、葉月くんと付き合ってるんじゃないの?」
蒼はにこにこ笑って、なるべく穏やかなで落ち着いた声で話し冷静を装っていた。
「……全部、知ってる貴方に今更話すつもりはないです。貴方こそ皐月を振ってから、新しくお付き合いしてる人がいますよね?」
桐生は静かに睨んで、蒼を責めた。
「……そんな人いないよ。僕は今でも皐月が好きだよ。君と違って、誠実だから」
蒼は笑みを浮かべて、不機嫌そうな桐生を眺めた。桐生はシャツを捲って、男らしく逞しい腕を見せていた。髪は後ろに撫でられ、爽涼感が溢れでておりモデルのようだった。
「そうですね、俺は傍に入れるだけでいいんです。忘れられた貴方と違って、嫌な過去を償えればすぐ出ていきますよ」
痛い所を突かれて、蒼は悲しげに笑った。
温かい珈琲が運ばれ、モデルのような系統が異なる整った顔をした男二人を見比べ、店員はときめきながらも珈琲を蒼の前に置いた。
「……そうだね、僕の方が君より不利だね。僕は記憶に残らないほどの存在なのかな」
蒼は穏やかに苦笑し珈琲を口に含んだが、本当は目の前にいる桐生に激しく嫉妬していた。
「……どうして皐月を振ったんです?上手く付き合ってたましたよね?だけど貴方は皐月が刺されても、傍にいなかった。俺はそれが一番許せない」
さながら騎士 のように眼光を光らせて、桐生は蒼を鋭く睨みつけた。
「……入院したのは後で知ったんだ。後悔したよ。けど、刺されたのは君の兄さんのせいもあるよね?」
「……ッ……なんでそれを……」
「僕だって心配になって調べるさ。犯人も捕まっていない、恨みを抱く相手なんて容易にわかる。」
「兄には話してあります。それにもう手を出さないように……」
言いかけながら、蒼は眼を細めて静かに微笑んだ。
「紅葉くんに頼んだらしいけど、僕が君の兄さんに圧力をかける事も出来るんだよ?」
蒼は桐生に顔を近づけて言うと、桐生は悲痛な顔をした。
「約束して欲しいんだ。……君が、あの家から出て行くなら、二度と皐月の前に現れないで欲しい」
蒼は初めて薄い色素の新緑色の瞳を輝かせて、真剣な顔で桐生を睨めつけた。
氷が溶けきったコーヒーが薄まるのを横目に、桐生は眉に皺を寄せて下唇を噛んだ。
蒼は静か珈琲を全て飲み干すと、桐生の携帯に皐月の文字が浮かび上がり静かに振動して震えたのを横目で見ていた。
「悪いけど、僕は君のお兄さんを絶対に許さない」
そう言うと立ち上がり、紙幣を置いて冷え切った店内をでた。外に出るとムッとした暑さに包まれて、夢のようだった。
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