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第44話 桐生との食事

桐生とのディナーは菫と初めて食事したホテルにした。雰囲気も料理も美味しく、間違いはないだろうと思い、2名のディナーコースの予約を取った。服はディナーという事もあり、蒼にプレゼントされ着る機会を逃していたジャケットスーツを選んだ。 自分なりに精一杯のお洒落をしたつもりだが、立派に桐生の引き立て役という役割を全うできそうだった。 桐生はオーダーメイドなのか、ブリティッシュ・スタイルのかっちりした固めのスーツを選んだ。 細めにシェイプされたウエストは、立体的なボディラインを演出し、斜めの切り込みの腰ポケットは胸のたくましさを強調した。 ホテルへはタクシーで向かい、窓から流れる景色を見る桐生は普段と違い、重厚感が増して大人の男の色気を感じさせた。 そしてホテルに着くと、昼間とは違って華やかさを増し、ロビーは客足も多く驚いた。 桐生はこのホテルに着くなり、舌打ちをして少し機嫌が悪かった。 「フレンチは嫌だった?」 「……いや、大丈夫だ」 レストランで予約した旨を確認すると、ボーイが桐生を見るなり側からすぐに支配人が顔を出した? 「桐生様、今日はお食事でしょうか。ありがとうございます」 背後に立っていた桐生に支配人は深々と頭を下げて挨拶した。 「お久しぶりです。今日はよろしくお願い致します」 桐生は丁寧に挨拶し、支配人となにやら話していた。その姿を側から見て、散々エプロン姿を見ていたので身としては、桐生が御曹司だという事を思い出して笑いそうになった。 レストランも昼間のランチタイムとは異なり、華やかな夜景が一望できて客も多く、賑わっていた。 ふと華やかな夜景が映る窓側の席に目がとまった。 頭上からバイオリンの協奏曲が聞こえたが、頭が真っ白になった。 二人の男が向かい合って、食事を終えたのかワインを飲んで楽しそうに談笑している。 その男は柔らかな仕立ての良い中性的で華やかさのあるイタリアンスーツを着こなしていた。 ドレープの効いた滑らか生地で仕立てるソフトテイラリングは自然で柔らかなエレガントさを醸し出し、立体的な袖付け、胸元のバルカポケットにハンカチが見え、さながらどこかの紳士に見えた。 長い髪は分けて、整えられており楽しそうに談笑しながら食事して、見覚えのあるその顔は優しく微笑んでいた。 紛れもなく菫だった。 明日旅行に行く予定で、先程携帯に待ち合わせ場所を貰っていた。 もう片方の相手を見ると綺麗にスーツを着て、中性的で綺麗な顔立ちをしている。 心療内科の担当医の朝倉だった。 菫が、誰が好きな人なのか分かった気がした。 高級そうな時計が右手から反射しながら光り、昼間自分と会った姿と違い、初めてみるその姿は魅力的で格好良く上品にきめていた。 「菫さん、お久しぶりです」 桐生は案内されたボーイの後ろを歩き菫を見かけ、菫の席へ近づいた。 「……やぁ、桐生くん。奇遇だね」 「やっぱり蒼さんがオーナーだけありますね。とても華やかで素敵なホテルですね。今日はお祝いですか?」 桐生そう言いながら朝倉へ微笑みかけ、一瞥した。 「いや、ちょっと仕事で相談しようと思ってね。皐月とは明日1泊するから、今日はここに泊まるんだ」 菫は飲みかけのワインを目の前に置くと、後ろに隠れていた自分に優しく微笑みかけた。 「……あ、はい……。あ、桐生、俺の担当の朝倉先生……」 どういう反応をすれば良いか分からず、狼狽してながら朝倉に桐生を紹介した。 「どうも、朝倉です」 「……桐生です。」 桐生は軽く頭を下げて朝倉に挨拶し、それ以上なにも話さなかった。 「……そういえば菫先生、あの券は倉本さんと行くんですか?」 桐生の間に耐えきれず、朝倉は自分を確認すると、にこにこと菫に笑いかけた。 「そう、君が行けないから代わりに皐月くんと行くんだ。感謝してるよ」 「………いいなあ。先生、休み取るの頑張ってましたもんね。僕の代わりにゆっくり楽しんで下さい。良かったら、どんな温泉か教えて下さいね」 朝倉はほろ酔いなのか頬に赤みを増して、悪気なく笑うと色香が出てさらに魅力を増した。 「そうなんですね、貴重な機会をありがとうございます。こいつも体調崩したので、身体を休められると思います。じゃあ、蒼さんごゆっくり……」 桐生はまた微笑むと、立ち止まって後ろに立っていた自分の手を引いて、待っているボーイに会釈して席を案内させた。 菫はその様子をじっと見ていたが、何も言わなかった。 それから二人の表情がよく見える席に案内され、視線をそらしながら運ばれた料理を桐生と会話もちぐはぐのまま味わった。 頭が真っ白だった。 やはり、菫は朝倉と行く予定だった旅行を埋める為に代わりに誘ったのだと分かった。 菫が朝倉と楽しくワインを飲みながら話してるのを横目にみえる。 二人はお似合いだった。 昼間あんな風にお酒を飲んだのか、遠い過去のように感じた。 運ばれてきた料理は確かに美味しかったが、何を口に運んだのか、食べたのかすら分からないほど動揺していた。 あの時はどうしてこんなに楽しくて、料理が美味しく感じたのか今更ながらに良く分かった。 その時は朝倉が羨ましくてしょうがなかった。

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