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第43話 記憶と忘却

蒼は仕事の合間を縫って、解離性健忘症について論文をいくつか読んでいた。 明日は念願の皐月との1泊旅行を控えており、その為に夜勤や長丁場の手術に明け暮れていたので、若干寝不足気味だった。頑張って取得した有給なのもあり、明日は皐月に想いを伝えて付き合うつもりだった。 付き合える可能性は少ないが、このまま見込みのないまま終わらせたくなかった。ましてや一緒に住んでいる家を訪れて、嫉妬してしまい桐生にいらぬ牽制を冷静になれずにしてしまった。桐生には申し訳ないが、義孝がした事は犯罪でありどうしても許せなかった。桐生が傍にいる事で皐月の安全がまた侵される可能性が高い。そんな事を考えながら、いくつか論文を流し読みしていると背後から視線を感じた、 「……あれ、菫先生、僕の専門分野に興味あります?」 背後から覗かれ振り向くと、朝倉が資料を手に微笑んでいた。 「……うん、ちょっとね。君は?」 「お邪魔してしまってすみません。黒木に頼まれものがありまして……」 朝倉は柔らかな笑みを浮かべ、黒木の机に資料を置くと、にこにこと中性的な顔を明るくした。 「記憶喪失はけっこう色々あるんだね……」 「ええ、大半の人は、欠落した記憶と思われるものを取り戻して、健忘の原因になった心の葛藤の解決に至りるんですけどね。まぁ、様子を見て経過を見ることが多いです。あ、そういういえば似たような患者さんがいまいますね」 「……そうなんだ。興味深いね。その話もっと聞きたいな。朝倉先生、今日ちょっと空いてる?」 蒼は皐月の記憶の助けになればと思い、朝倉を呼び止めてディナーをさりげなく誘った。 下心はなかった。皐月がどうして記憶を無くした原因も気になり、健忘症によって現れる精神的作用も心配になった。 「……いいですよ。では仕事が終わったら連絡しますね。これ、連絡先です。……ああ! 僕、この診療がまだあるので……っ……! 先生、また連絡下さいね!」 朝倉は僅かに頰を染めながら、番号を急いでメモすると蒼に手渡して医局を慌てて出て行った。朝倉との予約は面倒くさいので自分のホテルにし、一旦帰宅した後、自宅に荷物を取りに行き、明日の旅行へすぐに出発できるようそのまま自分だけ泊まる事にした。 蒼は手渡された番号を携帯に打ち込んで、明日の旅行を考えては浮かれていた。

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