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第47話 誰もいない朝

いつの間にか意識が遠のいて冷たいシーツの肌触りで目が醒めると、誰もいなかった。 隣にあった桐生の布団も荷物も忽然と全てが消えていて、躰を拭いてくれたのか肌は滑らかな毛布に包まれていた。 はっとして時計を見ると、菫が指定した列車の出発時間に遅れそうになるのを思い出した。 重たい倦怠感を引きずって、身体をどうにか動かしながらを打ちながら集合場所へ辿りついた。 蒼はヨレヨレの自分を確認すると、昨日よりも明るく潑剌と手を振っては、にこにこと笑って立っていた。 ろくに鏡も見ずにシャワーを浴びて来たせいもあり、髪もめちゃくちゃで顔色が悪く見えたのか、菫は顔をみた瞬間酷く心配した。 「……皐月、大丈夫?やっぱり顔色が悪いよ」 単調な振動で揺れる車内の中、冷えたお茶を手渡しながら菫は心配そうに顔を覗いた。 昨夜の色気を醸し出していたスーツ姿とはちがい、今日は黒いTシャツにジャケットを着てラフな格好だった。 「……ん、ちょっと寝不足で……」 誤魔化しながら、身だしなみを軽く整えてお茶を飲んだ。動作一つで躰の節々に痛みが走り、昨日の情事が頭を掠めてしまい顔が赤く染まった。 「大丈夫、熱はない?」 「……あっ……ごめん……!」 隣に座った菫は身体を寄せて、掌を額に当てようとした。 武骨で男らしい掌の体温は熱く、昨日の細長い桐生の指とは対照的で思わずシートに後退り身体を寄せて避けてしまった。 「ごめん、馴れ馴れしかったよね」 菫はしゅんとお預けを食らった犬のようにしょげて困ったように戯けて見せた。 「……ごめんなさい、びっくりしただけです。昨日まさか鉢合わせするとは思わなくて……」 喋るつもりもないのに、ベラベラと気にしていた昨日のディナーを自ら話題にしてしまい後悔した。 「……ああ、そうだね。僕も君と桐生君が来てるとは思わなかったよ。何かのお祝い?」  菫は一瞬冷たい顔になり、流れる車窓に顔を背けた。斜めから反射して映る菫の整った顔は彫り深く剛健な横顔に見えて、相変わらず男らしくて格好良かった。 「桐生には色々お世話になってるから、家を出るし昨日せめてものお礼をしようと思ってたんです……」 流石にその後、出て行った同居人に激しく犯されましたとも言えず、上手く濁しながら話した。 「……そっか、僕も久しぶりに後輩と過ごせたからお互い楽しめて良かった」 菫は流れる車窓を背に振り返ると、穏やかに微笑んだ。 これから半日恋人の惚気を聞かされるのかと思うと、流れる車窓から映る爽やかな景色もなんだかひどく疲れたものに見えた。

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