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第50話 優美な食事
目を醒ますと膝には毛布がかけられ、室内を見回すと菫はどこにも居なかった。心配になり時計を見るとすでに18時を回っており、夕食の時間が近づいていた。
ふと目を下ろすと肌着として着ていたシャツが少し胸元から下がっているのがわかり、急いで浴衣を整えて胸元を隠した。
そして手首にうっすらと赤く痕がつけられているのが浴衣から見え、慌てて手首を隠す為に厚手の羽織りを探し、着ている最中にいつの間にか蒼が帰ってきた。
「……起きたの?」
蒼は手に職場に持っていくのか土産物の菓子箱がいくつか入った袋をもっていた。
心なしか表情は冷たく、待ち合わせに見せた出会った時の明るさが消えていた。
「あ、すみません。寝てたみたいで…膝掛けありがとうございます……」
急いで身体を覆うように羽織り、きつく身体を隠すようにしっかりと分厚い布地を合わせて閉じた。
「……寒い?」
「あ、ちょっと……」
菫は眉を寄せて、心配そうに聞いてきた。
山間のせいか肌寒いのは確かだったが、嘘をついているようで心苦しかった。
そのあと別室に移動し、豪華な料理と地酒を嗜んで昨日の記憶を忘れるようなひと時を過ごした。
刺身や天ぷら、煮付け、鍋など所せましに置かれてあまりの多さに目を見張った。
特に菫が注文した地酒が美味しくて、ついつい追加で頼み飲み過ぎてしまった。
酔いと緊張であまり覚えてないが、気のせいか蒼がどことなく上の空だったような気がした。
いつもの冗談めいた事を言うわけでもなく、ただ微笑みながらありきたりな会話を繰り返した。
けれども朝まで蒼と一緒に過ごせることが嬉しくて、蒼の寂しげな瞳に気づく事もなくただ酔いに任せて箸を進めて話していた。
ほろ酔いで戻ると、寝室の真ん中に二つ並ぶように布団が敷いてあった。
そして気がつくと、蒼は寝る前にまた大浴場に行って居なくなっていた。
自分は蒼の不在に安心したのか、浴衣を脱いで、ほろ酔いのまままた内風呂に入り、瞬く星空を見ながら湯に浸かった。
熱い湯が節々の痛みを癒すように、湯が流れて落ちる音だけが響き、誰もいない静かな夜は気持ち良かった。
そしてそこまでは記憶があったが、浴衣に着替えて、布団が余りにも柔らかくて気持ち良かったのもあり、いつの間にかそのまま寝てしまった。
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