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第67話 黒木と珈琲2

少し髪が濡れた黒木がニコニコと桐生と自分の前に立っていた。 「……黒木、久しぶりだな」 桐生が溜息をついて、眉間に皺を寄せなが不満そうに言った。 「なんだよ、邪魔しちゃ悪かった?丁度夜勤から帰って来たところなんだけど、雨宿りしようとしたら二人を見かけたからさ。いつもこんな朝早くに会ってるの?」 早朝から屈託ない笑顔で爽やかに笑う黒木は眩しかったが、予想外な人物になんと返答すればよいか分からなかった。 「……たまたま会ってただけだ。俺はもう出るよ」 桐生は黒木の挨拶もすぐに切り下げて、立ち上がりカップと鞄を持ち立ち去ろうとしていた。 窓に視線を移すと、先ほどから降っている雨も止みそうだった。 「残念だなぁ。せっかく近所に住んでも滅多に会えないんだもん。もう少し桐生と話したかったのに」 黒木は残念そうに笑って言ったが、彼も夜勤明けなのだから相当疲れてるだろう。 いつも15分か30分ほど会ってただけに、あっという間に時間が来てしまった。 「そいつは俺が呼んだんだ。、今日はここで渡す物があったから、忙しいから朝早くから落ち合ったんだよ。夜勤明けで疲れてるんだから、黒木も早く帰れ。……じゃあ、俺は行くから」 桐生は黒木と自分を一瞥すると背を向け、早足で珈琲カップを返却すると店を出て行った。時間を見るとすでに7時を過ぎていた。 「……ああ、桐生気をつけて」 「頑張って、日本の治安を守ってね」 不安そうな残された自分をよそに、黒木は桐生へ和かに手を振って見送った。 置いていくなよ… 「本当、あいつは昔から変わらないなぁ」 「……学生の時もあんな感じなんですか?」 黒木は嘆息を漏らしながら、図々しく桐生が座っていた椅子へ腰を下ろした。 「昔からあんな感じですよ。言葉は少ないし、無感情、無関心ですかね。家もお金持ちだし淡白だから近寄り難くて大変だったな……。まあ、でも最近は感情が顔に出る方になりましたね」 黒木は桐生と高校の同級生だったらしく、長い親友だったなと思い出した。恐らく黒木も家柄は良く、自分とは違い、桐生や蒼と同様に別世界の人間なのだろう。 「……最近ですか?」 「そう、倉本さんが運ばれた時なんて当直だったんですけど、えらく焦って動揺して、心配してましたよ。初めてあんな桐生見たから、桐生も人の子なんだって安心しましたけど…。あ、すみません。倉本さんは大変だったのに」 桐生は思い出しながら笑いを堪えて謝ると、珈琲を口に含んだ。 「……いえ、入院中はよく桐生の世話になったので。ああ見えて優しいのはよくわかります。」 入院中も忙しいのによく見舞いに来てくれ、欲しい物や必要な物を揃えてくれたりした。 「そうですね、蒼先輩同様、デレデレなんじゃないかな。二人とも仕事は完璧だけど、プライベートは甘えてそうですよね」 早朝から真剣な顔をして書類を確認する桐生と、朝横ですやすやと寝てる蒼の寝顔を思い出して胸が痛くなった。 二人が自分に甘えた事は一度もない。 ただ躰を貪って、繋げるだけだ。 「そうですね。二人とも恋人には優しそうですね」 そう言いながら、珈琲を飲むと口の中に苦味がじわじわと拡がった。 二人とも優しいのは、嫌というほど知っている。そして今は二人と逢うたびに、恋人ではないことを思い知らされた。

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