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第66話 桐生と珈琲

雨の中、小走りにいつもの店に向かった。 蒼の寝顔を思い出しながらセンチメタルに耽って珈琲を注文すると、影になり奥まった窓際の端で、細身の黒スーツを着こなした桐生を見つけた。 桐生は眉間に皺をよせ、珈琲を片手に書類のチェックに勤しんで仕事をしながら脚を組んで待っていた。 その姿は遠くから見ても格好良く、雨のせいか客足の少ない店内で目立つ。 端正な顔と切れ長の瞳は鋭い眼光を光らせて書類に夢中だった。 「……相変わらず大変そうだね」 「案件が立て込んで忙しいんだよ」 目の前に座ると桐生は急いで書類を纏めて、脇に置いてある鞄に乱雑に押し込めた。 すでに注文していた大きいサイズの珈琲は冷えて醒めておらは、随分早朝からここに来ていた事がわかった。 蒼に呼ばれて、気怠い身体で珈琲を桐生と飲むという変な日課がまた加わった。 桐生とはお互いにあの日の事については触れていない。だがあの日より愚痴や仕事の話を振り易くなり、話しやすくなった。 「なんか一段と元気なさそうだな。ちゃんと寝てるのか?」 じっと見つめられ、桐生は冷えた珈琲をぐびぐびと飲み込んだ。 先程の蒼との情事を見透かされそうで、整った桐生の顔を傍にある観葉植物に視線を逸らした。 いつの間にか雨が強まり、何人か雨宿りをしながら珈琲を注文する客が横目で見える。 「寝てる寝てる、ちゃんと寝て仕事してる」 適当に誤魔化しながら、革張りソファに沈むと疲れがゆっくりと全身から滲み出してきた。 蒼は容赦なく力を奪うように貪欲に抱くので、朝ここに辿り着くのがやっとだった。 雨に濡れて冷たくなった身体も、温かい珈琲のおかげで身に染みて癒される。 「ちゃんと食べてんだよな?」 「……食べてるよ、ほんとそういう所変わらないな」 ギロッと刑事ドラマのような顔をした桐生に取り調べを受けるように睨まれ、肩を竦めてカップを手に流れる軽快なジャズを聞き流した。 栄養面では一人あの家で、適当に済ましながらなんとか栄養価の標準下を保っている。 たまに作ったり、たまに食べたりの毎日で殆ど食事らしい食事はしていない。 そんなやり取りをしていたら、頭上から聞き覚えのある声がした。 「二人して何してるの?」 テーブルの頭上から急に声が聞こえ、驚いて桐生と自分はシンクロするように、同時に顔を見上げた。 「……あ」 「おはようございます、倉本さん」 目の前にはニコニコと爽やかに笑う黒木が、珈琲を片手に立っていた。

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