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第69話 黒木との食事

黒木との待ち合わせは、都内の洒落れた大衆イタリアンだった。 夜になると肌寒くなり、店内に入ると黒木はカウンターを予約していた。 念の為、桐生に連絡しようとしたが、いつの間にか連絡先を変えられて繋がらなかった。 朝、幾重にも顔を合わせて珈琲を飲んでいたのに、知らないうちに番号を変えられて会っていた事に少なからずショックを受けた。 蒼の気まぐれで呼ばれた次の朝にあの店を訪れ、その度に早くから珈琲を飲んで待ってる桐生を見かけて会っていた。 「……いた……倉本さん!来てくれないかと思った!」 待ち合わせより早く着きカウンターで腰を下ろしていると、ドアが勢いよく開かれ、走ってきたのか息を切らして爽やかに笑う黒木が登場した。 黒木は周囲の視線を感じると、恥ずかしそうにいそいそと近寄って隣のカウンターに腰を下ろした。 黒木は紺色のジャケットと太い首には白のマフラーを巻いて、背の高い身長によく似合っていた。 なんだか蒼と初めて出会った頃みたいだ…。 札幌の10月はすでに冬の足音が近づいて、寒がりの蒼は、コートにマフラーをぐるぐる巻いて熊のように厚着をしていた。 『こっちは寒いね。早く温かいご飯を食べよう』 と、待ち合わせ場所で赤くなった頬と白い息で早く着いて待っているのがよく分かった。 仕事が終わって姿が見えると、大きいぬいぐるみのような格好で微笑んで、よく笑い、その後に色んな店を巡って食べた。 懐かしいな……。 目の前にいる黒木に蒼を重ね、過去を遡り思いを馳せていた。 東京から遠い中、よく理由をつけて逢いに来ては、躰を重ねた。 桐生の事を引きずっていたが、蒼はいつだって責めもせず傍にいてくれたのに、好きとも愛してるとも怖くて返せなかった。 「……?……倉本さん、白でいいですか?」 「あ、うん。白でいいよ」 黒木は無邪気に微笑んで顔を覗き込んできた。 はっとして、急いで三年前の蒼の姿を掻き消した。 「お酒が飲める人がいないから、寂しかったんですよ。明日は念願の休みなので今日は奢りますから、沢山飲みましょう!」 黒木は溌剌と元気に店員を呼ぶと、産地や品種を相談して白ワインのボトルを注文した。 「あ、あの、桐生は……?」 思わず入口ドアを見て、連絡先も分からないのに桐生が参加すると思い名前をだした。 「ああ、忙しくて連絡してませんでした。すみません、今日は二人じゃ駄目ですか?」 子犬のように潤んだ瞳で見つめられると弱かった。そういう所も何故か似ていて思わず噴き出してしまった。 「……大丈夫だよ」 今日は久しぶりに楽しく飲めそうだ。

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