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第70話 黒木との会話
「俺から誘ったのに、結局忙しくて2週間先になってすみませんでした。……足の麻痺は大分良くなりました?」
タコのカルパッチョが運ばれ、皿に盛り手渡すと黒木は頭を下げた。
高い長身と明るく、人懐こっい黒木は予想外にも礼儀正しいようだ。
申し訳なさそうに謝られたが、正直落ち込んでいたのもあり、強引に誘われても悪い気はしなかった。
「……ふは、なんだか黒木先生は病院の外だと雰囲気変わりますね。足も大分回復したよ、ありがとう」
やはり黒木が蒼とどこか似ていて、噴き出してしまった。
「そりゃ、仕事とプライベートはちゃんと分けてますよ。変わらないのは桐生だけですよ」
黒木は白ワインを飲むと、頬を膨らまして子供のように拗ねた。
「ははっ、確かに桐生は変わらないね」
「あいつは昔から仏頂面で、無口だし変わらないから、最近の桐生みてやっと人間らしくなったなて安心します」
「桐生、変わったかな?」
「変わりましたよ!此間なんてあとから連絡きて、何故かめちゃくちゃ怒られましたよ?だから、今日食事の事を言えなかったんですよ」
そうか、電話したのか……。
繋がらない電話番号しか持ってないので、桐生が黒木へ連絡していた事に少なからず驚いた。
「桐生、心配性だからね……」
「あいつはオカンですよ、本当に煩かったです」
黒木の言葉に、お互い顔を見合わせて声を立てて笑った。ほろ酔い気分だが白ワインもなくなり、もう1本ボトルを注文した。
久しぶりにこんな楽しい時間を過ごしている。本当に昔の蒼にまた会えたみたいだ。
よくこんな風に顔を合わせて笑って、幸せだった。
目を細めて、よく笑う黒木を見つめた。
ニコニコと悪気なく笑い、頼んだ胡瓜のピクルスを食べている。
顔は似てないが、雰囲気が蒼にどことなく似て重ねてしまっていた。
「蒼先生は元気?」
ふと聞きたかった質問をさりげなく聞いた。
本当は蒼からは二週間ほど全く連絡が来てない。
もう飽きられたのかと悲しくなっていた。
「先輩ですか?相変わらず、元気ですよ」
「そっか、良かった」
頼んだボトルが来て、お互いの新しいグラスにワインが注がれた。
「先輩、来週からボストンに出張の準備が整ったのでやっと出発できるから安心しました。俺もそのヘルプをやっていたので、今日までずっと忙しかったんですよ……!本当に大変でした」
ワインを飲みながら、淡々と黒木の話を聞いていた。
疲労感を滲みさせた黒木は、運ばれてきたメインのピザに目を輝かせた。
すでに上手く切り分けており、チーズが溶けて香ばしい臭いが立ち美味しそうだった。
「美味しそうだね。食べようか」
皿に分かるとチーズが滴り落ちて美味しそうだった。黒木は楽しそうにピザを食べていた。
自分は平静を装って、ピクルスの人参を味気なく噛んでいた。
「あと、噂では先輩、そのままボストンに行ってしまうそうですよ」
「え」
思わず人参を落としそうになった
聞いてなかった。
「あくまで噂ですけどね。先輩は優秀で腕は立つ外科医だから、引く手数多で向こうから声がかかって検討してるようです」
「……そう、期待の星だね」
別世界の人物に力なく笑った。
口の中で、固いピクルスの酸味が染みるようだった。
また捨てられる
頭の中は思考が停止しそうになっていて、次の電話が来たら、初めて振られたのと同じように確実に振られると思った。
「倉本さん、まだ飲みます?」
黒木はピザを飲み込んで、顔を寄せた。
「……あ、うん。美味しいから沢山頂こうかな」
空になったグラスに波々と注いで、一気に煽った。さっぱりとした口あたりの辛口はとても美味しかった。
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