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第73話 黒木悩む
黒木は悩んでいた。
通院の度に会う皐月が気になり、たまたま朝に桐生と落ち合っている所を見かけて、やっと今日の食事まで漕ぎ着けたのが今日だった。
多忙な日々を抜けて、蒼の論文チェックや患者との診療などを切り抜けて頑張っていた。
店の料理も美味しく、ワインも口当たりもよくボトルワインを2本注文してしまう程だった。
疲れていたが楽しく食べて飲み、思いの外、皐月が飲み過ぎてしまった。
時折、悲しそうな笑みを浮かべて自分の話を聞いてくれ、何故が倉本のそんな顔を見ると胸が痛んだりもした。
仕事の愚痴や本の話など色々盛り上がり、倉本と初めてこんなに話して沢山飲んだ。
二人ともお酒が好きなのでボトルワインが2本が空になった頃には、皐月はうとうとと揺れて眠そうになってしまった。
「……倉本さん、起きて」
「ん、皐月って呼んで……」
身体を揺すると赤く染まった顔を上げ、にこっと笑い、自分より年上なのに急に可愛く見え、どきっと胸が高鳴った。自分はゲイではないが、皐月の顔は魅力的に映った。
「ほら、起きてください。もうお会計しますよ……」
平静を装い、懸命に問いかけるが皐月は眠いのか、すりすりと頭を擦りつけて隣に座る自分に寄り掛かった。周りの視線を感じたが、皐月が可愛くて、緊張しそのまま硬直して座り直した。
「あ、皐月さん電話がなってますよ……」
バイブの振動音が皐月の薄手のコートから響き震えていたのに気づいた。
「……代わりに、出て……」
皐月は眠そうに携帯をコートから出ると、携帯には夕方まで隣で働いていた上司である菫蒼 の名前が表示されていた。
ボタンを押して、皐月は強引に黒木の耳元に携帯を押し当て黒木はぎょっとした。
『……皐月、今何してるの?』
初めて聞く低く甘い声に黒木はどきりと、胸の鼓動が急に早まったのを感じた。
以前皐月との約束を蒼に取り付けたが、上手くかわされたのを覚えている。
「あの……黒木です……」
しどろもどろになりながら、酔った頭で声を絞り出していた。
『……黒木くん?』
急に声が訝し気に低くなり、怒りのようなものを感じ背中に悪寒が走った。
「皐月さん、酔っちゃって……」
『皐月と飲んでるんだね』
「あ、ちょっと飲み過ぎたようです……」
その報告はまるで、職場でミスを犯したような気分だった。
一瞬、その低く重い声を感じ取り、蒼の怒りに触れたような気がして掌に冷や汗を感じた。
『……皐月、酔ってるのかな?僕が迎えにくよ』
その強引な甘い声に、黒木は困ってしまった。
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