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第77話 悲痛な朝1
酷い頭痛と重い瞼を開くと、目の前には鍛えられた引き締まった胸筋があった。
「皐月、おはよう」
「……あ……れ……?」
「僕より桐生君がよかった?それとも黒木君の方がよかったかな……。」
顔を上げると、穏やかに微笑む蒼と目が合った。
お互い一糸纏わない姿で毛布にくるまりながら横になって、蒼は頬杖をつきながら横になって髪を撫で穏やかな表情で眺めている。
昨日、黒木と飲んでいた事までは覚えていたが、蒼が何故、目の前にいるのか理解できずにいた。しかも自分は全裸で、後孔からは腫れたような鈍痛と奥に残った残滓が太腿から垂れ落ちるのを感じた。
とりあえず、頭の片隅で黒木を蒼と間違えて過ちを犯さなくて良かったと少しほっとした。
そして、どうやってここまで辿り着いたのかを思い出そうとしたが、酷い頭痛で無理そうだった。
「……あの、えっと……」
「君に電話したら、黒木君が代わりに出てくれたよ」
にっこりと微笑んで、優しい指先で髪を撫でた。
「……え?」
「随分、酔ってたから迎えに行ったんだよ。」
「ご、ごめん……」
全く記憶がないので、申し訳ない気持ちになり、後で黒木にも詫びを入れようと思った。
頭が痛くて、視線を窓に移すと雨が降っていた。
最近は怠い暑さも無くなり、季節は寒くなる一方で毛布から肌がはだけると寒さで震えた。
蒼は横になりながら、優しく毛布を掛けなおしてくれた。
「いつから記憶、戻ってたの?」
驚いて蒼を見ると、穏やかな表情をしていた。
「……温泉から帰ってからかな」
「そっか、辛かった?」
悲しそうな顔をして蒼は微笑んだが、感情が読み取れない。
「……ん、大丈夫だよ」
全く噛み合わない会話をしているようで、その場を力なく笑って誤魔化そうとした。
すると蒼は押し黙って何も言わなくなり、暫しの沈黙と静かさが降りた。
目線を窓にずらすと、雨が糸のように垂れ落ちるのが窓から見える。
「僕ね、ボストンに行くよ」
「え……」
一瞬何のことか分からず、蒼を見ると優しく微笑んでこちらを見つめていた。
黒木が昨夜、ピザを食べながら話していた記憶が頭を掠めた。
「……戻ってくる?」
力ない声で訊くと、蒼は頸を横に振って、薄緑色の瞳を静かに閉じた。そしてゆっくりと、耳元に端正な顔を寄せると長い前髪が頬を擽った。
「皐月、今日で最後にしよう。……今までごめんね」
低く甘い声で耳元に呟いた。
どうしてこの男は残酷なほど優しい声で、いつも自分を振るんだろう。
「……なんで……」
「皐月、ごめんね。決めたんだ」
蒼は申し訳なさそうに困った顔をして、また頭を撫でた。
「決めたって……」
「うん、今日で会うのやめよう」
薄くライトグリーンの瞳が光り、蒼はそっと頭に唇を当てた。
空気は冷たく、お互いの体温が毛布の中から感じたが段々と躰が冷えていくようだった。
ここでなんて言えば良いのか。
縋って、いやだと言えばいいのか。
いや、元々恋人でもない。
なら………。
「……なら……蒼、最後にしたい」
それは酷く惨めな気分だった。
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