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第81話 桐生からの招待

「ホテルに缶詰したらどうだ?」 ぐつぐつと煮え滾る鍋を前に、桐生は唐突に言った。 寄せ鍋は白菜や椎茸、牛蒡、人参、豆腐など色とりどり具沢山入っており、鶏肉ベースで美味しそうだった。 脇には柚唐辛子が添えてある。 この1年で桐生の腕がまた一段と上がった気がする。 「そんな資金力ありませんけど」 しれっと笑っていうが、目の前の男は眉間に皺を寄せてなんとも不機嫌そうだ。 ちなみに自分の金銭的事情は昨年の医療費や度重なる出費に頭を悩ませ、結果的に今年はどこにも外出していない。 「…おれが全部払う。この湿った家でずっと引きこもるのは精神的にもよくないし、とにかくせめて一週間ぐらい環境を変えろ」 桐生はそう言って、鍋から他所って野菜や崩れかけた豆腐を食べた。 ワイシャツを着たままエプロンを羽織り、振る舞いはすっかり母親のようだ。 「湿った…て酷いな。別にここでも仕事が出来るんだから、いいだろ」 「カップラーメンばかり食べて、一歩も外にでないし、夏バテして一人で野垂れ死ぬよりいいだろ。全部払ってやるから、気分転換だと思って、今までの詫びだと思って言う通りにしろ」 偉そうな言い方にイラっときたが、心配してるのは良く分かった。 クーラーが効いた居間で男二人で鍋を囲んで、鍋の煮える音だけが室内に響く。 飲み物は冷酒と麦茶を用意してくれたようで、沈黙に耐えられず冷酒をお猪口に注いだ。 どうしてこの男はいつも勝手で尊大な態度なのだろう。 「詫びって、別にそんな大した事されてない……」 「いや。今まで嘘をついて傷つけた俺が一番悪いんだ。その詫びだと思って欲しい」 「別にそこまでいいよ。付き合ってない事はびっくりしたけど……」 葉月さんとは結局付き合っていないと言いつつ、その関係は良好のまま継続されているように見えた。前に葉月さんの店を友人である弘前に会いに行くついで立ち寄ったが、丁度桐生も来ていて二人のやり取りを垣間見たが、仲慎ましいように見えて羨ましかった。 以前より桐生は自分に固執はしていないが、心配性の性格のせいか、ここ一年で保護者的存在で面倒を見られていたが、正直鬱陶しい。 「明日、話を通しておくから昼から荷物移動しろよ」 「は?」 「いつまでも顔色が悪いし、性格も荒む一方で何も改善しないじゃないか。兎に角環境を変えろ」 桐生は顔を伏せて、冷酒を喉に流し込んだ。 なんとも勝手で強引すぎて、ずっと引きこもって仕事する暇人に対して容赦がない。 ちなみに性格は荒んでいるつもりはない。 「……ちょっと、待って。唐突すぎるよ」 「俺は見ていられないんだよ、全部俺のせいだとしても……!」 「ちょっと、落ち着きなよ……」 珍しく桐生が暴走していた。 隣にあった日本酒の四合瓶がいつの間にか、無くなりかけている。 先ほどすごいペースで飲んでいたのを忘れていた。 「なら兄さんに請求するから、存分にテイクアウトなり、色々頼んですっきりしてくれ。…そうしてくれると、俺の気持ちもやっと晴れる」 「……いや、なんかそれ一番怖いじゃないか。嫌だよ」 「俺はお前の足を見る度に本当辛いんだ。兄さんがお前を刺したのを仕向けたんじゃないかと、ずっとその足を見る度に申し訳なくなるんだよ。それに蒼さんの事も、全部俺が悪い。本当は……」 「やめてくれ。……あの人とは終わった。二回も振られて、捨てられたんだ。聞きたくない。もうやめてくれ」 酔っている桐生の言葉を遮って、睨みつけた。 蒼という言葉を聞きたくなかった。 「だったら、勝手だが俺の為にもここから出て、環境を変えてくれ」 桐生は酔っていても、顔色を変えずに睨めた。 確かにせっかく逃げてきた新居で茹だる暑さの中、鬱々とした毎日を送るのも正直飽きていた所だった。

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