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第83話 缶詰と黒木と嘘

「……あまり、会わないかな。そんなに仲良くはないんだ」 感情を読み取られないよう、俯いて珈琲を飲むとすでに空になっていた。 慌てて、隣の水が入ったグラスに手を伸ばした。 「でも、去年先輩は皐月さんが酔ってると分かったら飛んで迎えに来てましたよ。俺、すごく気まずくて焦りました。……そのまま、ボストンに行っちゃいましたけど、あの時の先輩は俺に嫉妬したように見えて怖かったし、皐月さんの事を大事に見えましたよ。そんな仲良くないなんて、本人聞いたらショック受けちゃいますよ」 黒木は笑って、運ばれてきた珈琲を飲んだ。 時間はすでに14時を回っていた。 ショックなりなんでも、受けて欲しいな… 「……気のせいだよ」 去年の記憶が蘇りそうで、窓に視線を向けた。 新緑がうだる暑さに負けずに陽光を遮り、影を落としていた。 「気のせいじゃないですよ。あの時の先輩は本当に怖かったんですよ」 黒木は困ったような笑みを浮かべて、また珈琲を口に含んだ。 客は自分と黒木以外は外国人のようで、日本とは思えない不思議な感覚になった。 「……あの時はごめん、かなり酔ってたみたいで。送ってもらって直ぐ寝たよ」 言い間違いはしていない。 だが黒木への申し訳なさはずっと感じていたので、しっかりと頭を下げて謝った。 すると黒木は口元に笑みを浮かべて、これ見よがしに言った。 「皐月さん、今日も暇でしょ? 良かったら、これから少し映画とかいきません?」 相変わらず黒木は強引に誘ってくる。 まるで柴犬が尻尾を振っているように見えてた。 何度も断っているせいか罪悪感もあり、近くの映画館まで付き合うことになった。 「いいよ、映画で寝てたらごめんね」 あまりの強引さに溜息とともに笑った。 同じような場面が幾度もあったなと薄っすら思い出した。 ずっとPCと睨み合っていたので、気晴らしになるだろう。 やはり電話でなく直接誘われると弱い。 伝票片手に立ち上がると、黒木が誰かを捉えたようで遠くに視線を移し手を挙げた。 「……あ、先輩!」 ああ、今日もついてないのだろうか。 久しぶりに嫌な予感がした。

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