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第84話 蒼との再会

「黒木くん……久しぶりだね。今日は休み?」 背後から低く甘い、懐かしい声が響いた。 振り向くと、端正な顔立ちをして物静かに佇んで微笑んでいた。 1年ぶりに見る蒼はより男らしさが増し、長い前髪は整えられ、スリーピースを爽やかに着こなしていた。まるでどこかの大企業の社長のように見える。 「ええ、確か春ぶりでしたね。暫く日本にいるんですか?」 「そうだね、少し用事を済ましてから、また向こうに戻るつもりだよ」 「……相変わらず先輩はいつも忙しいですね。向こうに行くのも突然だったし、みんな心配してたんですよ」 「うん、ごめんね。ちょっと色々心情の変化もあってね。ちゃんと伝えずに迷惑をかけてしまって申し訳なかったね……」 蒼は長く太い凛々しい眉を下げ、申し訳なさそうな声を落とした。自分は顔を見られないように黒木の後ろにおずおずと隠れ、気配を消す。  「皆寂しがってましたよ。あ、病院にも立ち寄って下さいね」 二人は仲良く会話を続け、懐かしい再会を分かち合っていた。 黒木は爽やかに笑い、蒼の帰国を素直に喜んでは労っていた。 職場の先輩後輩という関係はひび割れる事なく継続されているらしく、羨ましいなと長身の黒木の後姿を眺めながら思った。 自分も蒼と友人関係を継続さえしていたら、こんな惨めな思いなどしなくて済むのだろう。 あのまま、食事をしたり、たまに出かけたりして笑い合っていた方が良かった。 どうしてこんな惨めに蒼から逃げるように、身を隠さなければならないのだろう。 「…うん、そうするよ。で、君達はまだ仲が良いんだね」 蒼は黒木から視線を移し、目線を足下に落とした。なんとも言えない威圧感を感じ怖くて顔を上げられず、どうしたらよいのか言葉に詰まった。 確かに元職場の後輩と仲良くするのは気に食わないだろう。 「あ、今日は僕が皐月さんに会いに来たんですよ」 黒木は少し照れたような声を出すと、悪びれずに頭を掻いた。 「へぇ、そうなんだ」 蒼のじっとこちら側を舐めるように見つめ、冷たい視線で一瞥してるのが分かった。 「…つ、付き合ってるんだ」 何を思ったのか、あまりの緊張に自分は黒木の腕を絡ませ笑顔でそう言った。 「さ、皐月さんっ?」 驚いたように黒木は目を見開いてこちらを凝視するが、無視して指を絡ませ蒼に見せつけた。 「彼とここに泊ってるんだ。……今日はずっと一緒にいる予定で……」 「……………そう、黒木君も大変だね」 蒼はそれだけ言って、唐突なカミングアウトに驚くこともなく静かに微笑んだ。 「…そうだね、黒木君には我儘ばかり言って甘えてるよ。前はそんな事出来なかったしね。ほんとに辛かった、ははっ……じゃ、もう行こうか」 饒舌に話して、笑いながら吐き捨てるように言うと、無理やり黒木の手を引っ張ってその場を逃げた。何の事か分からず、おどおどと引っ張られる黒木の体重を感じながらホテルを出た。 「さ、皐月さん……」 蒼は黙ってその場に佇んで、自分達の姿が小さくなるのを見送っていた。ホテルを出て、酷い暑さの中、賑わう大通りまで出ると黒木の手を離した。 「巻き込んで、ごめん。…………今のは、映画でも見て忘れて欲しいかな」 泣きそうな顔で、押しつぶされそうな声を絞りだした。 我ながら突拍子もない行動をした。 二回も振られた嫌がらせを、小さな抵抗のつもりで復讐したような気分だったが後味は最悪だった。 黒木には大変申し訳ない気持ちで一杯だった。

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