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第87話 桐生との会食

二度訪れたレストランは初めの緊張も無くなり、すっかり馴染んで居心地の良さを感じた。 豪華な白い壁も煌めく照明も初めて連れてこられた時に比べて、色褪せて見えた。 目の前には白魚のソテーのメインが仰々しく置かれ、胃に優しそうなメニューは今の自分にはありがたい。 「で、黒木と付き合ってるのか?」 思わず噴き出しそうになって、白ワインの辛さが喉に絡まり咽た。 昨日は黒木に夜まで散々付き合わされた。 結局、映画から夕食、バーにまで連れ回されて若い黒木は元気なまま帰り、なんとか自分はホテルまで辿り着いた有様だった。 そして今日の昼間に、二日酔いで撃沈してると、桐生から夜一緒に食べないか?と電話が来た。 水をしこたま飲んで、身体に鞭を打って、同じ階のレストランに辿り着くと、桐生はすっきりとした細身のスーツを着て、予約していたのか先に座って待っていた。 相変わらずの不愛想で、何を考えているのか分からない表情は目鼻立ちの整った凛々しい顔をよく引き立てている。 まるでこれからプロボーズでもしそうな雰囲気に、気持ち悪かった胃がさらに痙攣しそうになったのは言うまでもない。 「……なんで、そうなってんの?」 「深夜に黒木から電話が来て、延々と付き合っただの、好きだだの酔っ払っていて喚いてた。煩いからすぐ切ったけどな」 桐生は黙々と白魚のバターソテーを切り分けて食べていた。 左側には都内を一望できるほどの夜景が広がっている。 もし恋人同士なら、息を飲むこの夜景と料理を切り分けるこの男前に惚れ惚れと蕩けているだろう。 ふと、昼間のランチでも蕩けそうだった気がしたなと、蒼との事を思い出してしまいそうで意識を昨夜の黒木の記憶を思い返した。 『……いいですか、桐生にも付き合ってると言って下さい。皐月さんが誰とつきあっていても、心配する人もいないんですから、建前でもそう言って下さいよ』 黒木は酔っ払いながら、そんな事を呪文のように延々と酔っ払いながら話していたのをふと思い出した。 なぜそこまで拘るのか理解出来なかったが、散々洗脳するように犬が尻尾を振りながら瞳を瞬かせて話してた記憶はある。 付き合ったの、付き合ってないだの今更こんな年齢になって、気かける人なんていないのに、必死に馬鹿だなぁと思いながら聞き流していた。 でもそんな子犬みたいに馬鹿な事を真剣に話す所も似てそうで、ずっと笑いながら聞いていた自分がいた。 「…………………ん、まぁそうなったかな」 かなりの間を置いて、そう答えた。 内心は自暴自棄というか、自棄になっていたような気がする。 どうせ、ボロボロに捨てられて黒木と付き合ってると桐生に話しても気には留めないだろう。 桐生は持っていたフォークとナイフを置いて、溜息をついた。 白ワインのボトルはまだ半分以上残っており、料理は湯気を立てながらまだ半分以上残っていた。 「………俺はてっきり、あの人との仲を取り持ったつもりなんだが」 「あの人?」 あの人と聞いて、酔いで火照る思考が冷えて醒めていくのを感じた。 昼間会った穏やかな微笑みが蘇りそうで、嫌だった。 「蒼さんだよ。おまえが別れた日にあの人電話があったんだ。この際、時効だから話してもいいか?」 「……なんだよ、それ」 初耳だった。 一年も経過していながら、桐生は何故今そんな話をするのかが理解できなかった。 いくらでも話すタイミングはあったはずだ。 時効なんて誰が取り決めたのだろうか。 「俺は、いい加減、拗れた綻びを修復して欲しかった」

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