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第89話 桐生との会食2
「……何時迄経っても不貞腐れているし、お互い一度話し合ったほうがいいと勝手ながら思ったが、余計なお節介だったな」
桐生は慣れた手つきで、静かにメインの料理を切り分けて口に運んだ。
自分は何も言えずに乾いた喉を潤したくて、ワインを流し込むが、ただ辛さだけが喉を伝った。流れ落ちた液体はじんわりと胃に染みて、滲むような痛みを感じた。
この一年、自分がどれだけだったかを考えると、振り返るだけで馬鹿馬鹿しくなる。
結局、掌で躍らせられたに過ぎない。
「……勝手だよ」
横目で暗闇に輝く夜景を眺めた。
煌めくネオンや流れていく車の光が下方に見えたが、何も感じなかった。
もうあれから一年だ。
何をどうすればよいかのか、分からなかった。
番号も変えて、形のないものに縋りついただけだ。
そして昨日の落ち着いた蒼の瞳と表情を思い出せば、全て終わりを告げていたような気がした。
『……………そう、黒木君も大変だね』
昼間の昼間に言葉が、酔った頭の中で響いた。
ほとほと呆れて、嫌気が差していたような気がする。
自分は蒼に甘えていたんだろう。
蒼のせいにすれば、それで良かった気がした。
「……ずっと黙ってて、悪かった。落ち着いたら話そうと思ってたけど、まさか黒木と仲良いとは思ってもいなかったからな。まぁ悪い奴じゃないから楽しくいけばいいさ」
申し訳そうに桐生は溜息とともに、料理を切り分けながら心象を吐露した。
ふと昨夜の酔った黒木を思い出して、気持ちが和んだ。
「知ってる」
「……まだ、気持ちが残ってるのなら繋いでもいいけどな」
桐生はワインを片手に、不愛想な表情に不敵な笑みを浮かべていた。
……本当は、縋りたくなりそうなのを抑えて、平静を装った。
「必要ない」
「黒木にあの人を重ねても、無駄だぞ」
「意固地な事、今更言うなよ。昨日蒼に会って、黒木君と付き合ってるてちゃんと言った」
冷静に、そして落ち着いてワインを飲んで笑った。
「……なんだか黒木が可哀想でしょうがないけど、あの人もこっちには戻らないみたいだし、それなら良いんじゃないか」
桐生の表情は読めなかった。
ただ淡々と料理を食べて、脇にあるワインを飲んでナプキンで口元を拭いた。
その流れるような所作を酔いに任せて、眺めていた。
「……だから、悪いけど、今更そんな話聞いても俺は何もしないよ」
力なく笑って答えた。
本当に今更だ。
一年という時間を置いて、再会しても何も生まれることはない。
すでに手が届かないモノに手を挙げても無駄だと思った。
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