89 / 95

第89話 桐生との会食2

「……何時迄経っても不貞腐れているし、お互い一度話し合ったほうがいいと勝手ながら思ったが、余計なお節介だったな」 桐生は慣れた手つきで、静かにメインの料理を切り分けて口に運んだ。 自分は何も言えずに乾いた喉を潤したくて、ワインを流し込むが、ただ辛さだけが喉を伝った。流れ落ちた液体はじんわりと胃に染みて、滲むような痛みを感じた。 この一年、自分がどれだけだったかを考えると、振り返るだけで馬鹿馬鹿しくなる。 結局、掌で躍らせられたに過ぎない。 「……勝手だよ」 横目で暗闇に輝く夜景を眺めた。 煌めくネオンや流れていく車の光が下方に見えたが、何も感じなかった。 もうあれから一年だ。 何をどうすればよいかのか、分からなかった。 番号も変えて、形のないものに縋りついただけだ。 そして昨日の落ち着いた蒼の瞳と表情を思い出せば、全て終わりを告げていたような気がした。 『……………そう、黒木君も大変だね』 昼間の昼間に言葉が、酔った頭の中で響いた。 ほとほと呆れて、嫌気が差していたような気がする。 自分は蒼に甘えていたんだろう。 蒼のせいにすれば、それで良かった気がした。 「……ずっと黙ってて、悪かった。落ち着いたら話そうと思ってたけど、まさか黒木と仲良いとは思ってもいなかったからな。まぁ悪い奴じゃないから楽しくいけばいいさ」 申し訳そうに桐生は溜息とともに、料理を切り分けながら心象を吐露した。 ふと昨夜の酔った黒木を思い出して、気持ちが和んだ。 「知ってる」 「……まだ、気持ちが残ってるのなら繋いでもいいけどな」 桐生はワインを片手に、不愛想な表情に不敵な笑みを浮かべていた。 ……本当は、縋りたくなりそうなのを抑えて、平静を装った。 「必要ない」 「黒木にあの人を重ねても、無駄だぞ」 「意固地な事、今更言うなよ。昨日蒼に会って、黒木君と付き合ってるてちゃんと言った」 冷静に、そして落ち着いてワインを飲んで笑った。 「……なんだか黒木が可哀想でしょうがないけど、あの人もこっちには戻らないみたいだし、それなら良いんじゃないか」 桐生の表情は読めなかった。 ただ淡々と料理を食べて、脇にあるワインを飲んでナプキンで口元を拭いた。 その流れるような所作を酔いに任せて、眺めていた。 「……だから、悪いけど、今更そんな話聞いても俺は何もしないよ」 力なく笑って答えた。 本当に今更だ。 一年という時間を置いて、再会しても何も生まれることはない。 すでに手が届かないモノに手を挙げても無駄だと思った。

ともだちにシェアしよう!