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第91話 蒼の胸の内

思わず、蒼の胸の中で噴き出してしまった。 酔った頭で夢だと思ったが、嬉しさでその温かい胸元が懐かしく分厚い胸板に頬をすり寄せた。温かくて回された腕が熱く感じた。 「皐月、そこは笑う所じゃないよ」 広く引き締まった胸板で抱き締められながら、頭上には不満そうな蒼の声が聞こえた。 質の良いスーツは肌触りが良く、頬に当たると心地良い。 離そうとしない太く逞しい腕は、さらに強く締め上げ足の爪先が持ち上がりそうだった。 「ごめん、でも……はは、黒木君に失礼だよ」 「……桐生君は覚悟していたけど、黒木君はずるいよ。だめだよ、彼には渡したくない」 困ったような、情けない声が聞こえた。 蒼は強く身体を抱き締めて、離そうとしない。 顔を上げると顎を掴まれて、静かに唇を重ねた。 珍しく煙草の味がして、少し驚いた。 「……んっ…、煙草……」 「ごめん、嫌だよね」 「……いや、別にいいよ」 普段煙草を吸わない蒼に驚いて、顔を見上げたが、蒼は唇を離しても腕を離すことなく、ずっと強く抱きしめたまま首筋に顔を埋めていた。 いつの間にか最上階へ到着し、静かにエレベーターが目的地に止まったのが分かった。 蒼は手を引いて、一緒にエレベーターから降りた。 「…………皐月、本当に黒木君と付き合ってるの?」 そして長身を小さく屈めて、端正な整った顔を目の前に寄せた。 その潤んだ薄緑の瞳で捉えられると、心底自分は蒼に弱いと思う。 「……さぁ、どうかな?」 呆れたような、困った顔で微笑むと、蒼は顔を顰めた。 潤んだ瞳は泣きそうで、子犬のように見えてしまい、不謹慎にもまた笑いそうになった。 本当は黒木君と似てないかもしれないな…… そんな事を考えていると激しいキスをされて、そのまま近傍にある蒼の部屋に引き込まれた。

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