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第二章 貢の悩み ニ

 誠は最寄駅から電車に乗り久しぶりの職場に向かっていた。  今日は遅番からのスタートなので通勤時間は10時からと遅めだ。  その代わり夜帰りが遅くなる。  キッチンのテーブルの上にメモを残してきたから夕食は何を食べたらいいか貢はわかってくれると思う。  自分にあまり視線を合わせてくれない貢の淋しげな後ろ姿が頭をよぎった。 (随分嫌われてしまったものだ。いや、あの年頃だ。馴れ合うのは苦手なのだろう。思春期という奴かもしれない。けれど一度引き受けたからには彼がちゃんと一人前になるまで自分は彼を養育していく義務がある)  誠は窓の外の流れる景色を見ながら、覚悟の息を深く吸い込み吐き出した。    誠は今、結婚式場で働いている。  高校卒業後、あちこちアルバイトを転々としていたが、ある時ホールスタッフの募集でバンケットサービスに関わってからその魅力にとりつかれてしまった。  何よりも人の幸せを祝うというのは大変だがとてもやりがいがあった。  最初はシルバーのマキカタというフォークやスプーンなどの配膳の仕方や、お客様に対するマナーなどの研修で苦労した。  お金もなかったから一生に一度の大宴会とも言える式場でのフルコースは並べているだけで涎が出そうになったし、ずっとお腹が鳴っているのを堪える日々だった。  それらをやっとなんとか人並みにできるようになり、社員として働けるようになった時に貢たちと出会ったのだ。  考えてみたら奇妙な話で最初に出会ったのは貢の方だった。  出会ったばかりの頃の貢はまだ小さくて、まるで少女のようだった。  あの頃は貢は自分に良くなついてくれていた。  生まれつき体は丈夫ではないらしいが、男の子らしい遊びをと貢の両親が望んでいた。  体の弱い奥さんを置いて貢の父親と三人で夏は虫取りや川や海へ遊びにいったものだ。  貢の眩しい笑顔がふと少女のような可憐さに思え、若い頃の自分は妙な気持になったものだ。  それもたぶん自分がまだ大人になりきれてなかった時期だったかもしれない。  貢が小学生の頃はまだよかったが、中学になる頃の貢を見てなぜか胸がざわついた覚えがある。  その正体をどうにも落ち着かない気持で過ごしていた事を誠はふと思い出した。  そして夕べ貢の眠る姿を見てまたあの時の感情が沸きあがってきてしまった自分を誡めた。 (全く、貢は男だぞ。何を考えてる。いい加減にしろ自分)

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