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第二章 貢の悩み 八
「そう……色々なことがあったのね」
医師兼カウンセラーの香澄椿(かすみつばき)先生はメガネと少し癖のある髪の毛が特徴的でまるで母親のような優しげな笑顔を向ける人だ。
貢の悩みと経緯は当然知っている。具体的な相手の名前は告げてはいないが、長い間悩んでいた自分の男性への気持ちは事は生まれて始めてここで吐露した。
たぶんここでそれが言えなければ貢はもっと追い詰められ気持ちが塞ぎこんでしまっていただろう。
ここでは貢のような悩みを抱えている人、例えば同性の人を好きになってしまったり、そのせいで心や体が傷ついてしまった人も比較的多く来るところらしい。
貢はネットの口コミからこの先生を知りここに通うようになった。
自分のような人がそこに集まっているとわかっただけで少しは気持も楽になった。
実際通うようになってから自分が人と少し変わっている事は特別おかしなことではなく、ある意味個性だという励ましを受け続けていた。
「今はその人のことをどう思っているの?」
「たぶん、嫌いじゃないと……思います」
「ただ」
「ただ?」
「怖いんです」
先生は初めて貢が来院したときに、とにかく勇気を出して、病院のドアを叩いてくれたことだけでも素晴らしい事で、本当にありがとうと言った。
それから何ヶ月か通ってから初めて自分が同性を好きであることを告白した貢だったから、先生は貢の言う怖いという気持ちがわかっていた。
彼女はここまでじっくりと彼自身が心を開いてくれるまで待っていたのだ。
貢はとても慎重で失敗する事を何よりも恐れる。恐れるから何事にも引っ込み思案で他人と心を打ち解けあう事はなかった。
「以前持ってしまった男性に対する恐怖心がその人にも感じるようになったの?」
先生に聞かれて貢は考え込んだ。
「ちょっと違うような気がします。なんていうか、どちらかというと後ろめたいような」
なるほどね。と一言つぶやくと先生はメガネの端を少し上げながらこちらを向いた。
「叔父さんに対しては自分が拒絶されることが怖くて、発作が起きるのかもしれないわね。過去の出来事をどこか負い目に感じてる?」
「……負い目に感じてはいます……」
「貢くん、いますぐに結論は出さなくていいわ。ゆっくり、ゆっくりと行きましょう。あなたが自分の事を理解して行く事が一番大切で何よりも今は自分を一番大切に思っていて欲しいの」
先生の言葉に貢はうなづいた。
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