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第四章 誠の職場 八

 誠は壁にあるホワイトボードを見るとそれぞれ午後の割り振りを従業員にテキパキと指示していく。  従業員は誠に対してみな柔らかな視線を向けながらも緊張感は崩さず、みな姿勢よく聞いている。 「この子は今日ここの見学をする僕の甥っ子の早坂貢です。みなさんよろしく。貢は、そうだな折角だから皿洗いの体験でもしてもらおうかな」 「は、はいっ」 「安藤、貢の事頼む」 「はい」  先ほどの一香と呼ばれた人が貢の傍にそっと来て微笑んだ。 「貢くんって呼んでいいかしら」 「は、はい」 「大きなお皿は落とさないように気をつけてね。このスポンジで洗って、スプーンなどの細かなものはこの小さなスポンジを利用してね、後で私が確認するから心配しないでね」 (改めて見ると一香さんは肌が白くて綺麗な声だな。しかもいい匂いがする)  水に大量に使っているお皿を一枚恐る恐る拾い上げると一香や他の従業員とともに大きなお皿と格闘し、スプーンなども注意深く洗った。 (それにしても誠さん結構偉い人だったのかな? 凄くてきぱきとしていて家での誠さんとはまた違う……) 「安藤、貢が慣れてきたら、一旦惣菜のところも見回りに行ってくれ」 「はい」  一香の誠を信じきっている視線や誠の一香への厳しくも優しげな態度が貢の心をざわつかせた。 (そう、あの時もそうだった。従兄弟の彼女もこうやって誠さんを信じて安心したような少しだけ潤んだ瞳で見つめ合っていて……)  僕は最初から蚊帳の外なんだ。  貢は泡まみれになったシンクの泡が弾けるのを見て、また同じことが繰り返されるのではないかという不安に押しつぶされそうになった。

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