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第四章 誠の職場 十

 貢の心に重苦しい空気が漂う。  そうとは知らない一香はお茶を一口飲むと思い出したように貢の顔を見た。 「そうそう、貢くんを最初に見た時私驚いちゃったわ。あの人に似ていたから」 「あの人って?」 「日向さんの亡くなった奥さん、加奈子さんって言ったかしら。とても似てるわ」  貢は目を見開いて俯く、心の奥の傷がズキンと痛んだ。 「……似てますか? 昔よく言われてました」 「やっぱり」  貢は苦笑いをして視線を反らした。 「ごめんね、もしかして嫌なことだった?」 「いえ、……でも似てるだけです。僕は男だから、選ばれることはない……あなたが、羨ましいです」 「えっ……」  言ってからしまったと思った。少し感情を露にしすぎてしまったかもしれない。なんだかみっともない。一香に嫉妬してつい出てしまった言葉なのかもしれない。貢はそんな自分が少し嫌になった。 「僕、またお皿洗うの手伝ってきます」  その場にいるのが気まずくなった貢は早々に席を立ち、足早に部屋をあとにした。

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