52 / 137
第四章 誠の職場 十二
「貢ちゃん、ちょっと」
洗い場に戻ろうとしてすかさず大貫に話しかけられた貢は心臓が飛び出るかと思うくらい焦った。
「ごめんなさいっ、僕、なにも見てないです。見てないです!」
しどろもどろになる貢に大貫がちょいちょいと細い指でこちらに手招きをする。
「あらあら、そんなことどうでもいいのよ。むしろうっかり視界に入れちゃって、ごめんなさいねぇ」
「い、いえ、いいえ」
貢が体を固くしたまま首を振ると、大貫が貢の肩をポンポンと叩いて微笑んだ。
「ねぇ、最初に会った時に感じたんだけどもしかしたらあなたも……同じ種類の人間?」
その言葉に貢はドキンとする。
「ああ、気にしないで。なんとなくそう思っただけ」
少しだけ柔らかな視線を貢に向けると貢は気まずそうにその場を後にした。
そしてふと立ち止まる。思わず肩に手を触れた。
「あ……僕、なんともない……」
そういえば、さっき食事している時も小杉と大貫は自分に触れたが、貢はなんともなかった。
「大貫オーナー!」
大貫が廊下でしばらくタバコをふかしていると誠に呼び止められる。誠は慌てているようだった。
「貢を知りませんか?」
「ん? 貢ちゃんなら今ゴミ捨てに行った後でそっちに戻ったんじゃないかしら?」
「そうですか、あいつ休み時間過ぎてるのにどこ行ったのかと思いましたよ」
その場で立ち尽くす誠に大貫は不可解な視線を向けた。
「なに? まだあたしに何か用?」
「あ、いえっ。そのっ……」
誠は貢を見ていたら、ふと例のストーカーの事を思い出し、あれからもなかなか貢本人に切り出せずにいたことを思い出した。
もしかしたらそういうことは大貫の方が詳しいかもしれない。けれどそれを話すことは大貫に貢が誰にも知られなくないだろう過去の話を教えてしまうことにもなる。
(やはり、本人に聞くしか……ないよな)
そのままホールの方に戻ろうとする誠に大貫は一言声をかける。
「あの貢って子、あなたが思う以上に複雑な子よ。大事にしてあげなさいよ」
「……」
誠は厨房に戻ると再び食器を一生懸命洗っている貢を見つけた。
(学校で貢の友達が言っていたそのストーカーって奴のこと。俺がそれを彼に聞いていい物なのだろうか。もしかしたらこのまま知らないでいた振りをしていた方がいいのだろうか……しかし、でも……)
ともだちにシェアしよう!