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第五章 過去の苦味 六

「こら、なにやってるんだ、もう授業は始まってるぞ!」  教師らしき男性が睨みを利かせながらこちらにやってくる。 「お前、ここの学校の生徒じゃないな」  教師の顔を見て邪魔が入ったとばかりチッと舌打ちすると、あからさまに嫌そうな顔を見せ我孫子はそのまま、はいはいと、貢の腕を離した。   「貢、俺から逃げられると思うなよ」  そういい残しスタスタと歩いて行くと、近くに止めてあった黒いバイクにまたがった。  バイクが轟音を立てて去っていく姿を貢はただ黙って睨みつけるしかなかった。  後悔してもしきれない。我孫子なんかに気を許してしまったこと。  噂で新宿二丁目界隈にはそういう貢と同じようなタイプの人間がいることを知り、学校帰り立ち寄ってしまった。  中学生の頃である。  自分の体の成長と共に迷いばかりで苦しんでいた貢は心のよりどころが欲しかったのだろう。  本当にちょっとした気の緩みだった。  その日の街明かりは妙に興奮した色をしていたように思う。  そして貢をいとも簡単にその腹の中に取り込んだ。    そこで我孫子に声を掛けられたのがきっかけだった。  我孫子以外に仲間がいて、その仲間と遊びにいくという流れだった。  いつの間にかその仲間もいなくなり、彼と二人きりになり、酒を飲んだ勢いで……。  今でも後悔している。あの夜の出来事を……。  翌朝目が覚めてその魔境からの呪いも冷めた。    その時に思わず眩暈と吐き気に襲われた。  それ以来だった。あの発作が起きるようになってしまったのは。  うっかり連絡先を交換してしまったけれど、かかってきた電話に一方的に断り、それから着信拒否にした。  よりによってあんな遊び人に自分はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろうかと酷く後悔して精神的にも少しおかしくなり始めていた。  それから幾度か彼の影に怯えた。  高校に入ってから会うこともなくなったはずなのに、どんな形で自分を突き止めたのか。貢は体の震えが止まらなくなった。

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