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第七章 すれ違う心 十

 子どもの頃からなにも成功していない。  なにも自分の思い通りになっていない。  学校の勉強は他に何もすることがないからやっていたに過ぎない。自分から望んでしていたわけでもない。  ただ親に迷惑を掛けたくなかった。気も弱いから思い切ったこともできなかった。世の中が怖くてたまらなかった。  人との交流も怖かった。  ただただ……誠さんとの思い出だけが宙に浮いたように自分の心に唯一の光のように柔らかく存在していただけだ。  だからこそ怖い……。  現実はそうじゃないとあの時と同じようにまた思い知らされるのではと思うと怖い。    その温かな宝物のような誠との思い出と同じように、非現実的に浮き上がっているのが、我孫子との想い出だ。  でもそちらは生々しく自分の心に影を落としている。  皮肉なことにこの二つの思い出は一つになっていて、光と影を貢の心の中に作っていた。   (なんであんなことしちゃったんだろう……)  我孫子とのことを思い出すと胸が苦しくなる。  誠が好きだという感情と我孫子との想い出がない交ぜになり、今の貢の気持をがんじがらめにしていた。    それはまるで闇の沼に足を取られたように、どちらかが浮き上がると片方が同時に頭の中に湧き出てくる。  大貫にそんなんじゃ先にいけないわよと言われた。  その通りだ。  この袋小路みたいに止まってしまった出来事を打ち破って、すべて捨て去らなくては僕は先にいけない。  そう思い飛び出してきてしまったけれど、頼りになれる人が思いつかない。  在華たちは実家から通っているから頼れない。  誰か頼りになりそうな大人と思うと、やはり'彼'しか思いつかなかった。

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