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第八章 パンジーと誠 二

 ドンと鈍い音が聞こえ、一瞬貢は何が起きたのかわからない。  恐る恐る目を開けると、誠の拳は貢の頬ぎりぎりに逸れ、後ろの壁に叩きつけられた。 「何故勝手に家から飛び出した、どれだけ心配したかわかってるのか!」 (誠さんが本気で怒っている)  思わず持っていたニンジンを落とし、貢の体は震えた。  大きな手が貢の肩を抱き寄せるため触れそうになったが、その手は震えたまま止まった。 (貢には発作があるから触れられない)  誠はすぐにでも貢を力強く抱きしめたかった。  でもそれができなくて伸ばした手は貢のエプロンの端っこを捕まえるようにぐっとつかんで握りしめた。 「馬鹿もの……」 (誠さん……)  その怒りが憎しみからきているのではないという事を誠の顔を見て貢も理解できた。  誠の大きな瞳は悲しみと不安で一杯だったのだろう。少し潤んでいた。  鼻の奥がツンとして貢の視界まで潤んできた。 「ご、ごめんなさい……」 「んもう。大丈夫よ。もう貢ちゃんはあんたのところから理由も言わずに逃げたりしないわ。ね? 貢ちゃん」  大貫のフォローに貢は小さくうなづいた。

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