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第一章 高貴な遺伝子 四
その時のことを思い出して俺はため息をつくと大きく深呼吸をした。
この辺りは空気が特別いい。防塵マスクも必要ない。
普段意識することのない透明なドームは空が届きそうなほどの大建築物だ。
時折ゆったりとした飛行船があちらこちらを移動して、上空の空気を常に清浄化している。
ドームの形も大きさも地域での違いがあるが、ここは特別クリーンな場所だった。
数世紀前には俺たちが今いる環境のような生活は、当たり前に地球全土に存在していたそうだ。
何故人類がこのような形の種に枝分かれしてしまったのか。
それにはこんな話がある。
人類はDNAを解読したことにより、人間の設計図を手に入れたと奢った。
そして性別の産み分けやクローン人間の増産という神の領域に踏み入ってしまった。
しかしそれはエラーという形で不可思議なミュータントを生み出し、世界中を混乱に陥れたのだ。
それらを駆逐するために人間対ミュータント戦となり、核戦争を起こす引き金になってしまった。
その核戦争が、皮肉なことに新たな人類を生み出してしまったのだ。
それが今この世の中で普通に存在し生きている新人類の俺たちだ。
琉がデジタルフレームを閉じると、それらは腕時計型の小さな画面に吸い込まれるようにして消えた。
そして琉は俺に微笑むと、頭にポンと手を軽く置く。
「……んだよ、それは止めろって言ってるだろ?」
「お前だって昔は俺にいつもしてくれていたじゃないか」
「……嫌味かっての!」
「そうか……? 俺は嬉しかったけどな」
琉は小さい頃は俺より身長が低かった。けれどロースクールに上がる頃にはどんどん俺の身長を追い抜き、今では頭一つ分も差がついてしまった。
俺がそれをうっとおしそうに払いのけ、軽く睨みつけると琉はからかうように笑った。
絶対こいつ計算してやってるなと思う。
俺たちは立ち上がると午後の授業を受けに校舎に戻ることにした。
こうして草木のある芝生のある道を歩いていると、教科書で学んだ過去の惨憺たる歴史が嘘のようだ。
「今見ても信じられないな。こんなに澄んだ綺麗な空なのに……」
見渡す限り青いこの空が、かつてすべてが黒い雲に覆い隠され、地上が零下百度を越える気候であったなんて考えられない。
そしてそのまま一世紀も地中で暮らす生活があったということも。
琉も俺と同じように目を細め空を仰ぎ見た。
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