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第一章 高貴な遺伝子 十二
あまりの苦しさに俺は幻覚をみたくらいだ。
それは夜俺の目の前に現れた。いや、俺は熱に浮かされていて、幻を見たのかもしれない。
ただ、一言だけ「アヤト……いつか迎えにくるから……」という言葉だけを残して……。
そう耳だけが尖っていたけどそれ以外は普通に人間だった気がする。
少し元気になってからそんな俺の想いに似た本を見つけた。
俺はそのことがまるで夢のような不思議な体験として心に残っている。
その本がロマンチックだったのだろう。運命の人とは赤い糸で結ばれているのだそうだ。
今でもその本は俺の部屋の棚に置いてある。あれだけは未だに手放すことができない。
前に俺の母親であるユキトが興味を示したことがあった。
その時はなんだか恥ずかしくてその本をすぐにひっこめた。
きっとあの時に囁いた優しい声は俺の元にいつか来てくれるだろうベータの人間に違いないと思っている。
遺伝子という確かなものを信じる俺がこんな不思議なことを信じるなんておかしいかもしれない。
けれど、この世の中が何もかも数字で解明できるようになっているからこそ、目に見えない物が神秘的にも感じる。
「琉は運命というのを信じるか?」
俺の問いかけにふと琉は視線だけこちらに向ける。
「俺はいつか自分と精神的に結ばれる存在を信じている。俺はアルファだから、きっと相手は繁殖ができる人間だ。そしてそいつはきっとベータに違いない。彼らは人間が滅びる事のないように繁殖ができるし理性的だ」
俺の話を幾度か聞いていてもう飽きているのかもしれない。
琉はそれに関していつもどこか曖昧な態度を見せる。
「琉、俺は真剣に話をしているんだ」
「ああ、わかっているよ」
俺の話を聞く度に琉はどこかその話を聞き流しているようにも感じた。
遠まわしにお前(アルファ)との恋愛はないと言っているつもりでもあった。
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