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第四章 発覚と抵抗 八
「羅姫、大丈夫だ。俺がこれからお前を大事に守ってやるからな」
不気味な微笑みをたたえ沼間が口元の皺を一層深くして微笑んだ。
俺はまるで現実味のない言葉に背筋がぞくりとし、親と沼間が俺の知らない間にとんでもないことを約束したことを悟った。
「アヤト、沼間教授はお前の婚約者になってくれるそうだ。彼ほど地位も名誉もある人間となら、お前は何不自由なく暮らせる」
「そうだよ、アヤト、しかも沼間教授はアルファの中でもお前と相性のいいアルファ+だ。お前の発情期にも応えてくれて、つがいに十分なれる存在だ」
「ま、待ってくれよ。意味がわかんねぇよ……そ、それにつがいってなんなんだ?」
「一度つがいとして結ばれれば、沼間教授はお前を一生守っていかなくてはならない」
一体こいつらは何を言っているんだ?
流石にこんなの洒落にならない……。なんなんだよ、それ……。
「羅姫、いや、アヤトくん。お前の親は今火星での永住権を取得中だ。問題ない、私と結婚して番になった後に、また落ち着いたら火星に遊びにいけばいい……まさか、こんな近くにお前みたいな愛しい存在を見つけることができたなんてな……」
俺は一歩近づく沼間に後ずさりした。
目の前が滲んでいく……。俺が望んでいた運命の男がこの目の前にいる、ぶくぶくと太ったいやらしい男だなんて、そんなの自分がオメガであること以上に信じられない……。
「嫌だ……。」
「アヤトくん……」
沼間の妙に汗ばんだ手が俺に触れてきた。まるで体が雷に打たれたようなめまいを感じ、一気に血が逆流してくるような衝撃を受けた。
「ひっ!」
俺は手に付けていた腕時計を外すと床に投げつけた。
「こいつに永遠にお世話になるなんて絶対に、い、嫌だ……!」
「アヤト!」
俺の両親からの一斉の叱咤に俺は沼間の部屋から飛び出す。
「つがいなんて冗談じゃない!」
叫びながら出て来た瞬間、廊下で佇んでいた琉が不意にこちらを見た。
けれど俺は彼を無視し、そのまま階段を下りると全速力で走った。
とにかく走っていないと辛い、まるで大地がひっくり返ったようだ。
沼間は確かに遺伝子研究の権威で優秀な大学の教授だ。当然地位も財力もあるだろう。社会的地位も高いのだろう。
でもそれと人となりとは全く違う。まるで俺の理想とする人物とは違うんだ。
これが夢なら冷めて欲しい……。なんなんだ。オメガであるだけでも死にそうなのに、何故、両親と沼間が……両親は何を考えているんだ、こんなの……絶対嫌だ。気が狂いそうだ。
体育館の裏に差し掛かったところで何かに躓き、俺は転んだ。
思わずコンクリートに腕を思い切りこすり、ジン……とくる痛みで顔をしかめた。
「……うぅっ……」
もう耐えられない……!
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