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第四章 発覚と抵抗 十四

「琉さま、こちらにいらしたのですね!」  その場にへたり込んでいる俺たちに、聞き覚えのある高い声が響く。振り返るとサエカだった。  少しだけ髪が乱れ、声は弾んでいたようだが、相変わらず顔は無表情だ。しかし美しいアンドロイドだ。 「サエカ、お前、帰ってきたのか?」 「アヤトさん、これ、よかったら使ってください。抑制剤です」  俺は今まで起きた出来事に、流石にもう自分を否定することを諦めた。  サエカの言葉に素直に従い、渡された液体を口にする。  それは甘い砂糖の味がした。そしてこの甘さはいつも俺が毎日エムルからもらって飲んでいた、色々な味の飲み物と同じ甘さで……。  エムルがそれを笑顔で俺に渡してくれたことを思い出すと、胸が苦しくなる……。  俯き、飲み干したコップの中を見ていたら、そこに水滴が一粒落ちた。  それが自分の涙だと気づくのに、そう時間はかからなかった。    俺はその場から動けず、しばらく体を丸めた。そして声を押し殺し泣いた。   ほんとはこんな姿を誰にも見られたくなかった。  けれど、もう限界のようだ。あとからあとから涙が溢れて、止まらなくなった。  ずっと自分が高貴な人間だと思い、自負し、思いあがっていたのかもしれない。  そう考えると今まで自分のしていたことがただのピエロで、滑稽極まりない。  そしてそれらが一番なって欲しくない形で露呈し、俺は地に落ちた。  俺の中の価値観が崩れていく……。    俺を形作っていたいままでのことが、まるで砂のようにさらさらと音もなく落ちていき、溶けていくようだ。  いっそのこと一生騙されたままでいた方が幸せだったのではないかと思うくらいだ。   「アヤト……」    琉はまるで自分の事のように酷く傷ついた顔をする。それがまた更に俺の心に刺さった。俺の震える手にそっと琉が触れる。 「触るな!」  俺からの強い拒絶に、琉はびくりとし、そっと手を離す。 「同情なんていらない! 俺は、俺が一番軽蔑し、下げずんでいたオメガだったんだ……!」 「アヤト……」 「お前だって、こんな俺を見て滑稽だと思っただろう? い、今までの俺のた、態度に、行動に、すべて……何もかもに……!」  琉は黙ったまま首を振った。 「俺を同情の目で見るな!」 「同情だなんて……」 「じゃあなんだって言うんだ」 「お前の気持ち……俺にも……わかるから」 「何がわかるって言うんだ! いい加減なことを言うな」  俺は琉の胸に拳を打ち付けた。何度も何度も何度も。  そしてしまいに頭を彼の胸に押し当てた。うつむいたまま涙が止まらない。  ああ。みっともない。こんな風に琉に当たったってどうしようもないのに。  どうしようもないのに……。  琉は俺の頭を抱え込むように抱きしめてくれた。 「……っ、ごめん、お前に八つ当たりなんて俺……最低だ……」 「アヤト……」 「琉……俺を見ないでくれ……たぶん、今の俺は最低だ。どうしようもなくみっともない顔をしてるに違いない。しばらく、放っておいてくれ」 「……わかった」  琉はそれから何も言わず、けれど決してその場を離れることはなかった。  俺に背中を向けて、しばらくそのままにさせてくれた。 「アヤト? 私はアンドロイドです。だから今アヤトさんがどんな気持ちでいるかというのは測りかねませんが、今お話しさせてください」 「それは……エムルのことか?」  琉が俺の代りに応える。 「はい。何故エムルが逃げたのか。その理由を少し話させてください。エムルは同じパターンの生活ができる、繰り返しの動作に強いアンドロイドでした。だから不測の事態に陥った時の回路が少し足りなかったのです。あまりにもOrder Police Corpsのやり方が横暴で、何もかもが破壊的で、しばらく動揺してしまい、彼自身の回路が乱れ、混乱し暴れて、最後は逃げる事のみに集中してしまいました。考えることを彼は拒んだのです」 「エムル……」 「でも私と一緒にエネルギー補充が必要になるまで遠くへ向かっているうちに、いつのまにか辺りが寒くなり。気づくと私たちは極北にまで辿り着いていました。ありがたいことに、熱暴走しかねない彼の体も回路もそこで冷えて、訪れたアンドロイド協会の方の家でエネルギー補充をさせてもらいつつ、次第に彼も落ち着きを取り戻しました」 「よかった。とにかくエムルは元気なんだな?」

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