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第四章 発覚と抵抗 十五
俺はどこか安堵していた。エムルはあくまでもマスターの言うことを聞くアンドロイドだ。
彼が自発的に今回の事をしでかしたわけではないと、どこかで信じていた。
「……で、今はどこに?」
「気持ちを落ち着かせたエムルは大事な用事を思い出したと言っていて、中央都市にあるNM製薬に向かいました。アヤトさんの薬を一刻も早くもらいに行くと言って」
「……俺の抑制剤と、アルファの血を偽造する薬だな……」
自分で言うと改めて凹む。
それに関してはサエカも無言で俺に掛ける言葉が見当たらないようだ。
「彼はアヤトさんに申し訳ないと肩を落としています。ただ、毎日アヤトさんのご両親のプログラム通りにアヤトさんを守ろうと一生懸命ではありました」
「しかたないさ、エムルがやったことじゃない。彼は俺の親から指示されて動いていたにすぎない……」
少しだけ落ち着いた俺は、今必死に頭の中を整理している。
あのことを……琉に言うべきだろうか。ああ、言葉にするだけで憂鬱になる。
俺が沼間教授なんかとつがいになる可能性があるということを……。
「エムルを……彼を……探すところから始めないと……」
「ああ……」
「もし、親父たちの言う通りだとしたら、俺は、サエカからもらった抑制薬は飲み続けないとならない。正直その薬が切れると体がおかしいくなるのも事実だ」
俺の言葉にサエカは頷く。
「抑制薬なら、いつでも私があげることができます。エムルがいない間、私があなたの医療ロボットになりましょう」
なんだか彼女が聖母マリアに見える。後光が差しているみたいだ。
改めて俺は心の中で琉とサエカに感謝した。
俺はこうなってしまったけれど、まだ大事な仲間がいてくれる。
そして辛いけれど、こうなってしまった以上、俺は自分が一体何者なのか……ちゃんと考えなければならない時が来たようだ。
真実を知り、自分がオメガである現実を認めなくてはならない……。
「琉、俺はどうしてこんなことが起きたのか、何故俺の親がこんな大事なことをいままでひた隠しにしてきたのか、彼らと少しだけしか話ができなかった。だからすべてがわからない。しかも、彼らと沼間がとんでもないことを言い出したのも納得できない。俺が頭に血が上ったばっかりにまだ話には続きがあったはずだ……。でももっと、もっと彼らから理由を聞かなくては」
「そういえばお前は沼間教授の部屋から飛び出して来た時、つがいがどうとかこうとか……?」
琉の言葉に俺ははっとして顔を上げた。
琉の真剣なまなざしを見ていたら、下手に隠しているのもおかしな気がして、俺は自分の置かれたこのみっともない状況に片意地を張らず、素直になるべきだと思った。
「……俺、沼間教授と婚約させられそうになってる」
「な……んだって?」
明らかに琉の顔色が変わる。
「俺は特殊なオメガなんだそうだ。オメガ2マイナスとかなんとか……。それで抑制薬とアルファに……何故そこまでして俺をその特殊なオメガから隠していたのかわからないし、その特殊なオメガがなんなのか、怖いし、つがいというのも怖い……」
「そんな……馬鹿な……!」
「自分がオメガになって初めてわかった。ものすごく怖いな。俺は沼間なんかと結ばれたくない。そう願っても、ダメなのか……? それでも嫌でも奴とつがいなんかにならなきゃいけないのか? オメガであることだってショックだ。なのに更に沼間なんかと……そう考えたら……俺……俺は……」
「当然だ。そんな人権を無視した繋がりなんて、絶対にあってはならないことだ」
琉は眉間にしわを寄せると、握った拳を震わせ、更に険しい顔つきになった。
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