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第六章 抗えない苦しみと発情期 四
しばらくして冷静になればなるほど、深い後悔と自分に対する嫌悪感がつのる。
もう嫌だ……。
「落ち着いてきたか?」
「琉……すまなかった……俺、俺はなんて馬鹿な事……」
「気にするな」
「お前に危害を加えてしまうところだった」
「危害だなんてことはない」
ベッドで丸くなったままの俺を心配して、琉はすっと自分の隣の部屋から布団だけを持ってきて、隣で横になった。
「……琉、そんなところにいたら俺はまたお前に……」
「しばらくは大丈夫だと思います。けれど、これはあくまでも繋ぎの薬ですから。アヤトさんの体はもう自分がオメガだということに目覚めてしまっているそうです。そうなると血を変える薬も以前より効きが悪くなってくると池さんが……」
傍らに立っていたサエカが薬の入った瓶をベッド脇に置く。
「どれくらいおきに飲めばいいんだ?」
「効き目がなくなった時に。要するに発情しそうになったら飲んでください。でも、こういう強い薬は次第に効く時間も短くなってくると思います」
「わかった……」
サエカは頷くと 明日また様子を見に来ます と言って部屋を出て行った。
俺は少し疲れた様子の琉を見て頭を下げた。
「琉、ごめん……」
「いや……。むしろ俺でよかった。例えうっかりお前のフェロモンに負けてしてしまったとしても」
「……お前、まさか本気で」
「他の奴だったら大変だった」
「……それは。……そうだろうけど」
「それにそんなのは俺が許さない」
「……え?」
「いや……」
もし仮にあのまま琉を誘ってしまったとしても……俺は他の誰よりも琉だったら……いや、何を考えているんだ。
「まぁ安心しろ。そうはさせないし、俺はお前が本当に心から好きな奴が出てくるまで、おかしなことはしないさ」
琉の言葉にドキリとした。
アルファである頃の俺は頑なに琉を否定していた。
俺を大事な友達だと思ってくれての言葉なのか、今の俺に対して琉は……。正直分からない。
けれど確かなのは琉は俺の気持ちを一番に考えてくれている。そういう存在なのだと思った。
琉は真面目で真っすぐな奴だ。
俺は彼のそうした優しさに今までとても甘えていたことに気づく。
もしさっき彼と関係を持ってしまったら……。俺は彼を傷つけることになったかもしれない。
流石の琉も今日色々あったし、疲れたのかしばらくして彼は眠ってしまっていた。
ふとドアが開いてることに気づき、見上げたその先の人物に俺はドキリとする。
そこにはフロンが黙って立っていた。彼の冷たい視線に俺は思わず息を呑む。
彼がすっとドアから離れた。俺は傍で寝ている琉を残し、そっと廊下に出る。
廊下の先の小窓から外を見ているフロンのもとへ向かった。
「フロン……」
「酷いね……君の発作……あれ、本当に発作なの?」
疑うような視線を向けられて俺は思わずかっとなった。
「み、見てたのか?」
「気づかないわけないじゃない? あんな大声出してみっともない」
「抗えなかったんだ。俺の意思じゃない!」
「ほんとに? どんなオメガだって、あんな売春婦みたいな誘い方しないよ。俺たちを馬鹿にしてる?」
「違うっ、本当に……!」
「だったら、すぐにでも琉から離れてよ!」
「……!」
「幼馴染なのかなんなんだか知らないけど、これ以上僕の琉を傷つけるようなことしないで!」
「……っ」
「琉のこと好きじゃないんだろ? なのに琉を発情期だから誘って関係を持つの? 彼が人の気持ちを何よりも大事にする性格だって知ってる癖に?」
俺は言葉を失った。
「幼馴染だから、例え間違いが起きても構わないっていうの?! 冗談じゃないよ! あんたのことを抑え込むための協力ならしてやってもいいけど、もう琉は巻き込まないで!」
フロンの勢いに俺は後ずさんだ。
「……わかった……でも、どうしたら……」
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