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第七章 抗えないオメガの運命と…… 六
その時突然窓が蹴破られた。
その者の正体に気づいた沼間の顔色がすーっと変わる。
「お、お前は……」
そこには上半身服がボロボロの男が険しい顔で仁王立ちしていた。
破れた服の隙間から見える胸筋も、上腕筋も盛り上がっていて、怒りに満ちた表情の眉根は深く、目も鋭い眼光で、髪も赤く染まっていて、今にも逆立ちそうだ。
けれど俺はその男を良く知っていた。
……琉……? もしかして……琉なのか?
特に特徴的なのは琉の耳が尖って大きくなっていた。その先は赤く染まっている。
その形態がどこかで見たことがあるような気がしたが思い出せない。
「俺のアヤトをよくも傷つけたな!」
沼間を睨んだ琉は叫ぶとその後獣のように咆哮した。
見たこともない琉の怒る声と姿に威圧され、周りが畏怖している。
俺は琉の変化に驚いた。
いや、こんな風に怒り狂う琉を幾度か見た。それはいつも俺が危機に面した時にだった。
琉は……どうして俺の為にこんなにいつも怒り狂うんだ。……俺は琉のなんなんだ。
わけもわからず、それでも俺はたまらなく胸が熱くなり、体が震える。
琉を見ると、胸が疼いて……苦しい……。
その場のものは身動ぎ一つできなかった。
次の瞬間、琉が俊敏に動くと、スローモーションのように沼間の巨体が宙に浮いた。
そのまま沼間は床に体を叩きつけられ、琉の威圧にその場にいる誰もが慄く。
「沼間、お前だけは許さない……覚悟するんだな」
「ひっ!」
琉の地の底から聞こえてくるような低く怒りに満ちた声と形相に、思わず沼間は叩きつけられた痛みと共に、震えながら後ずさる。
外から飛んできたサエカとエムルが部屋の窓を叩いた。
「ここから逃げて! もう琉は私たちにはコントロールできない!」
俺の目の前にいる男は明らかに琉だけど、でも全身逆立った獣にみるみる変わってしまった。
こ、これは……! 今はほとんど絶滅したと言われている、あの核戦争を引き起こした。
「り、琉、お、お前。特別なアルファだと聞いてはいたが、ま、まさかミュータントなのかっ?!」
沼間の叫び声に俺も反応した。
すぐに部屋の窓を割る音が聞こえると、サエカとエムルが窓から部屋に入って来た。
沼間は琉の怒りに恐れおののき、サエカたちの所に腰を抜かしながらすり寄ると後ろに隠れた。
琉の変化を見た古藪は驚きながらも、沼間に視線を戻す。眉間にしわを寄せ、沼間を嫌なものでも見るような視線を向けていた。
「沼間教授、おぬしこそ、犯罪の根元じゃ、アヤトさんを隠れオメガにして、自分の都合のいいように。琉くんだって、なんだかおかしなことになっているじゃないか。もしかしておぬし、彼にまで何かしていたのか?」
「ば、馬鹿、何を言ってるんだ!」
「……そんなまさか……」
サエカが小さく呟きながら琉に視線を移す。
エムルはそっと俺を縛り付けていた紐を解くと、上着を掛けて、服を整えてくれた。
「琉くん……と言ったね……? おぬしのその状態は獣と人間のミュータント。抑制からの解放されたのか?」
古藪が続ける。
「沼間教授、もともとはアヤトくんのためだと思っていたが、乱用してこんなことに使うなんぞ、呆れてものが言えんわ。彼らを苦しめてるのはおぬしじゃ!」
「ちっ、うるさい。私が薬の開発に手を貸したから、お前にも利益が手に入ったんだろうが、これ以上邪魔をすると、お前もどこかに飛ばすぞ」
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