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第八章 運命のつがい 四
「くそ、生意気な! このまま所定のワープゲートに向かってしまえ!」
「し、しかし、人が宇宙船外に立っているのに。このまま上昇すると、成層圏に向かってしまいます」
「煩い、あれが人に見えるか?奴は得体のしれないミュータントだ! 所詮は化け物だ。どうなろうが知ったことか、さっさとしろ!」
沼間の一喝で操縦席が怯む。
琉の真の姿を見て、俺は自分が今までアルファとかオメガとかにこだわっていた常識その物も吹っ飛んだ。それ以外の概念の者が今目の前にいる。
琉はそんな自分の存在と戦っていたんだ。彼にしてみたら俺の悩みなんて小さな物に思えただろう。
「管制塔より了解を得ました。だ、第一ワープ地点である成層圏へ向かいます」
成層圏へ上昇なんて言ったらほぼ宇宙じゃないか。そんなのいくらミュータントだと言っても体が保つのか?! やめてくれ!
俺は心の中で悲鳴を上げた。
そのまま船は信じられないスピードで上昇していく。
しかし、画面が二分割されたモニターの一つに映っている琉は、腕を組んだままその場から身じろぎもせず、ただ、逆立った髪の毛だけが乱れるように揺れていた。
きっと近くにサエカやエムルがいて、仮に……琉にもしものことがあっても彼らがきっときっと救ってくれるはずだ……。
俺は祈るように目をぎゅっと瞑った。
そのうち目の前の画面がざざっと切り替わり、もう宇宙と地球の境目近くにまで上昇していることだけはわかった。
そして重力が抜けて体が軽くなっている気がする。そして寒い……。周りはもう真空なのだろうか。船内が急に静かになる。
「流石にふるい落とされただろう……」
何がおかしいのか、沼間が高笑いをした。
「ね、念のため、確認してみます」
船員が再び琉のいた場所をモニターに映すと、そこには誰もいなかった。
「ほら、奴は落ちた。ざまぁないな、宝田!」
沼間が再び高笑いをしたが、船員がいきなり悲鳴を上げた。
再び船外のカメラで船のあちらこちらを切り替えつつ映していると、操縦席の上にある船首に琉が立っているのが見えた。
船の中から見えるモニターには藍闇の空に船首の上に立ち、船から発せられているライトに照らされて、それこそ今にも燃えてしまいそうなくらい赤い色の髪の毛をしている。
白く光に包まれた筋肉が盛り上がった野生児のような勇ましい琉が……。けれど美しい横顔をしていた。それはいつもの鼻筋の通って少し釣り目の俺の見慣れている宝田琉だった。
俺は思わずそんな彼を、人知を超えたものであるのに、美しいとすら思ってしまった。
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