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第12話

 ラウの剣は、刀身の二分の一以上が両刃になった鋒両刃造りの刀だ。世に広まる両刃の剣は、溶かした鉄を流し込む鋳造や熱した鋼を叩き伸ばす鍛造など、多岐にわたる。だがラウが扱う刀は、独特な鍛造法で作られている。堅くしなやかな刀身を作り出す製造法だが、その分扱える鍛治師が極端に少ない。また、穢れた刀身を美しく研ぎ直す研ぎ師となれば、さらに数は減った。  ラウ御用達の研ぎ師は、森の精霊族の紹介によるものだ。数年の付き合いになる。上背のない小柄な爺で、扱いが難しい刀と一緒で、実に偏屈だった。ラウは顔を合わせるたびに悪態を吐かれる。  だがその腕は確かなもので、爺が研いだ刀剣ならば、例えなまくらでも宝剣の輝きが宿った。  エリファレットと出会った日、ラウは酒場に行く前に刀を預けに行った。爺は刀身を見るなり鬼の形相になってラウを追い払った。  あれから数日、いい頃合いだった。  人嫌いで難しい御仁故、ラウはエリファレットを外で待たせて店に入った。 「何を斬った?」  足を踏み入れるなり、ラウの腰ほどまでしかない老人が居丈高に問いかけてきた。長い髪と髭が顔を覆うが、ギロリとラウを睨め付ける瞳だけは強さを持っていた。  ラウは鋒を突き付けられたような感覚に反射的に両手を上げ、視線を落とす。 「言わないとわからないか?」  何を斬ったのか言わなくとも、その刀身の曇りと穢れを見ればある程度予想は出来るだろう。  老人は面白くなさそうに鼻を鳴らす。 「尋常ならざる悪しきものを斬ったのだな……。かの方より賜りし太刀がかくも穢れるとは」 「氷雪の魔物を斬った」  両手を下ろして告白したラウに、老人の目が瞠目した。 「あぁ……なれば致し方なし」  老人は手の中にある刀をそっと撫で、刀身の曇りと穢れの理由に納得する。  この刀を研いで、まだそれほど経っていない。こんこんと言い聞かせているため、ラウの扱いもそれなりになってきた。通常であれば、簡単にこれほどの穢れを纏うことはないはずなのだ。 「あれは世に現れるべき生き物ではない。常に絶望の匂いを振りまいておる」  爺のかすかに沈んだ声に、ラウは目を見張る。 「……詳しいのか?」  突如現れる氷雪の魔物。どこから現れ、どこに帰っていくのか。巣はあるのか、どんな生態をしているのか。誰も何も知らない。ただ人々は、突如現れた厄災に身を震わせ恐怖する。  老人はギロリとラウを見上げてから、緩く首を振った。 「忌まわしきいにしえの生き物よ。未だ受け継がれておるのは嘆かわしいことだ……」  それ以上口を噤んだ老人に、ラウは話を聞くことを諦める。  確認したことはないし、興味もないのだが、この優秀な研ぎ師はヒト族ではないのだろう。紹介元は森の精霊族だ。他種族であることの方が、むしろ納得する。高度な鍛冶や工芸技能を持つ種族がいると聞いたこともある。  ラウは老人から刀を受け取り、鞘から抜く。  刃中の働きが豊かな直刃の刃文が、粒子のきらめきを持って美しい。曇りなく清廉な刀身は、まるで光を放つようだ。氷雪の魔物を斬った際に現れていた穢れが、完全に取り払われている。 「ありがとう」  満足して納刀すると、老人は忌々しげに舌打ちする。 「主のような者が、天より授かりし九天の太刀の持ち主とは……」  嘆かわしいと言わんばかりに、老人は首を振る。  老人は毎回同じ悪態をラウにつく。さすがに慣れたラウは、黙って老人に代金を支払った。文句を言いながらも老人はそれを懐に収め、ちらりと落ち窪んだ目を上げる。  一瞥したのは店の外だ。 「……外におる主の連れ、あれは危ないのではないか?」 「は?」  急に外にいるエリファレットのことを指され、ラウは間抜けな声を上げる。それからすぐに店の外に顔を向け、血相を変えた。  そこにいるはずのエリファレットがいない。 「エリファレット!?」  色をなして駆け出したラウの後ろから、老人の声が静かに告げた。 「……そうではないわ、愚か者め。あれはいつ化けるかわからぬ銀の狼族ぞ」  殺すつもりで連れているなら、さっさと殺してしまえ。  落ちた声が、走り出したラウに追いつくことはなかった。

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