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ヘンナヤツ(2)

「お兄さん大丈夫ー?」 「んー....」 ふわっふわする。頭の中も、こいつの声も。 あの後2人で飲んで、すっかり酔いが回った俺は出来上がってしまっていた。同じだけ飲んでいるだろうに、この男はシラフ同然だった。恐ろしく酒豪だ。 「終電、過ぎちまうよ」 「んー、いい」 「よくねえだろ。アシあんのか」 「......かえりたくねえ」 そう、帰りたくなんかない。 女との甘い思い出の詰まったあの部屋になんて、いたくない。 男は何も言わなかった。 俺はカウンターに突っ伏しながら、酔いの回った気持ちのいい浮遊感に浸っていた。もしこのまま、ふわふわと宙に漂うだけの塵みたいな存在になれたとしたら、こんなに悩むこともなくなるのだろうか。だとしたら、俺はすすんでこの面倒臭い感情を捨てて無になって一生ふわふわ浮いてやる。 「なあ、あんた」 「あー...?」 「名前教えて」 「...きりたに」 「キリタニ、ね」 俺の名を呼ぶ男の声がさっきより耳に近い気がした。そして同時に、ふわり、といい香りがした。すん、とその香りを鼻から肺に取り込む。 「すぐ近くのビジネスホテルに宿取ってんだけど」 ふわり、ふわり、また香る。 鼻腔を擽る、甘くて優しい香り。この男のにおいなのか、身につけてる香水か何かなのかわからないが、俺はこの香り、嫌いじゃない。 「泊まってく?」 囁くように耳の中に吹き込まれた一言に、思わず目線だけ男を見上げた。すると、気のせいなんかじゃなく、男の顔はやはり近くにあった。 シラフなら、迷わず丁重にお断りしていただろうが、判断力に欠けたふやけた脳味噌は、正常にははたらいてくれなかった。 男の目を見つめた。男の瞳に写っている自分を見つめた。 あの家に帰りたくない。1人になりたくない。誰かに話を聞いて欲しい。そんな弱りきった寂しがりな人間が、男の瞳の中にいた。 「だせぇはなし聞いてくれる?」 初対面の男に向かって何を言っているのだろう。自分が発した言葉に耳を疑った。 「キリタニが泊まってくれたら、聞いてあげる」 男は頭一つ分ほど更に身を寄せて、囁いた。 また、あのにおい。 クラクラする。 こんなに絆されているのは、アルコールとこのにおいのせいだ。そうとでも思っておかないと、この状況に説明がつかなかった。 「コンビニよっていい?」 「いーよ」 「あと、もんく言っていい?」 「文句?何?」 「ちけぇよ」 「そうか?俺とキリタニの仲だろ」 「やっぱりおまえ、ヘンナヤツだ」 俺がそう言うと、男は眼鏡の奥の目を細めて、ふふ、と笑った。

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