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ヘンナヤツ(7)※
「あ....」
落胆した俺の声を耳にしたコウヅキが、ぷ、と小さく吹き出した。
「あ、じゃねーよ。何残念がってんの」
「だっ、て、」
「心配しなくても、ちゃんと気持ちよくしてやるから」
コウヅキはそう言って、俺の目を見つめた。ぞく、ぞく、と背筋を駆け上がったのは、さっき感じたような冷たいものではない。ずっと俺の嗅覚を支配し続けているこの香りに似た、甘ったるい刺激だ。
コウヅキの首に両腕を回して引き寄せる仕草をすると、コウヅキは少しだけ驚いたように目を見開いた。俺は顔を隠すように、その肩に顔をうずめた。
「......そこ、下んとこ、....ちんこ、さわって、」
「...やりゃあできんじゃん」
コウヅキの手が、再び下に伸びていく。ズボン越しにコウヅキの手が触れて、指先で弄ぶように擽ってきた。そこは他人に触られると、やっぱり気持ちいい。甘く鼻を抜けた吐息に気を良くしたらしいコウヅキが、「キリタニはいい子だな」と囁いて、唇を啄んできた。今度はすんなりコウヅキの舌を受け入れて、自ら舌を絡めにいった。
「ふ、ん、...キリタニもさ、...触ってよ、俺の、」
「んっ....んん、」
キスの合間に、少し余裕のない声色でコウヅキが強請った。
俺も気持ちいい方がいい。
コウヅキの言った言葉が蘇る。
男だからなんだ。初対面だからなんだ。足りないものを欲しがって、欲望の赴くまま求めることは生き物として自然なことだ。
腹が減ったら食う。眠くなったら眠る。したくなったらする。
何もおかしいことは無い。
「ん...キリタニ、」
焦れた様子で熱っぽく名を呼ばれて、俺は思考を切り替えた。
ごちゃごちゃ考えすぎ。
その通りだ。
コウヅキの言葉は、最もだ。
「ふっ....」
そろそろと右手を伸ばして、コウヅキの下半身に触れた。心做しか、さっきより一回り大きく、硬くなっているような気がする。互いにズボンをずり下ろして、取り出したそれをいじくり合う。
「ふ、ぁッ..んんっ」
コウヅキの手が俺の熱をきゅ、と握った。恥ずかしい声が出たが、同時に舌を吸われて、芽生えた羞恥心は跡形もなくトロトロに溶けていく。
(すげえ、これ、きもちいい)
そのトロトロが、気持ちよくて、たまらなくて、吐息が漏れる。
「は....キリタニの手、きもちぃー...」
快感に浸っていると、そんな声が聞こえてきた。誰の声かと思えばコウヅキの声だった。
今日聞いた中で1番甘ったるくて、扇情的な響きだった。一度に下半身に熱が集中して、ひくひくと内ももが震えた。
「なあ...キリタニ」
「んっ...なに、」
「今さぁ...同じこと、思ったろ...?」
少しだけ距離をとって、俺の表情を伺うコウヅキの頬は、随分紅潮していた。
「ちんこ、ギンってなった」
人のちんこ握りながら、そんな嬉しそうにすんじゃねえ。
「キリタニも、俺の手、きもちいい?」
俺の目を覗き込みながら、コウヅキは尋ねた。
抗う必要はない。誤魔化す必要もない。ごちゃごちゃ考えず、思ったことをそのまま口にすればいい。
「...すげ、きもちいい」
自ら発した言葉で、興奮が高まるのがわかった。それは俺自身だけではなく、目の前にいるコウヅキもだ。その証拠に俺の手の中で反り立つ熱は、濡れていた。
「ぁ、あっ」
コウヅキの手の動きがより鮮明で目的を持った動きになって、俺はコウヅキに縋るように両の脚を絡みつけた。
「はっ、あ、もぅ...っ」
「ん。いいよ、」
よくねえよ。
「んん...っ、」
「ほら、イけよ」
うるせぇ。
「あ、んっ」
「全部、出しちまえ」
目頭が熱い。
「キリタニ」
頼むから、そんな優しい声で呼ばないでくれ。
「ぁ、あ...―――」
せり上がってきた射精感に身震いして、全身に力が入った。トドメとばかりに強く扱きあげられ、俺は呆気なく達した。ようやく訪れた深い快感を、固く目を閉じて全身で貪った。頭のてっぺんから足先まで、沸いたように熱い血液が一気に駆け巡る感覚。何度も経験した感覚なのに、今日のはいつもと少し異質に感じた。
耳元でコウヅキの息遣いが聞こえた。
短く呻いた後、硬直した身体が僅かに痙攣するのがわかった。ほぼ当時に手平に濡れた感触を覚えて、コウヅキも達したのだと悟った。
首筋から、コウヅキの甘い香りがする。
すう、と深く吸い込むと、脳髄まで侵されるような感覚に思わず首を仰け反らせた。がく、がく、と腰が揺れたのに驚いて、俺はコウヅキにしがみついた。2度射精したのではないかと錯覚してしまう程、身体中が満たされていた。
これは、よくない。クセになる。まるで、媚薬みたいだ。
「...んだよ、これ」
「...なんか、言ったか?」
気怠い声で、コウヅキが聞いた。俺は小さく頷いて、コウヅキの首筋に顔を埋めた。ふわりと、また甘い香りがした。
「...ヘンナヤツ」
そのヘンナヤツにしがみついて、はあはあ息を乱す自分も、大概だ。
「全部、出せたか」
「....うるせー」
この男に二度と会うことは無いと思っていた。
けれど、それは少し、勿体無い気がした。
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