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相性(1)

あの1度の射精をしたきり、それ以上の行為はなかった。互いの性器に触れて、欲望の塊を吐き出すだけ。自慰行為と何等変わらないじゃないかと言われれば、そうかもしれない。 だがあれは、セックスだった。 心が通うとか、愛だとか、幸福感だとか、そんな美しい言葉で形容できるものではない。 けれど、俺があの男の手の感触を、甘い香りを、安らいだ声を求めて、あの男も俺という存在を求めた。互いを求めて快感を貪り合ったあの行為は、紛れもなくセックスだ。 手元の携帯が震えたので覗き込むと、先日新しく登録したばかりの連絡先からLINEが入っていた。 連絡を寄越してきたのは、香月一織(こうづき いおり)。 そう、結局こうして、あの狼野郎との関係は繋がっている。 夜の駅前。華の金曜日に浮かれる人々の雑踏の中、俺は立ち止まってLINEを開いた。 『着いた』とだけ入っていた。 互いの仕事終わり、この駅で落ち合うことになっていた。俺は一度、人でごったがえす駅舎の入口を見たが、まだ香月らしい人影はない。場所を知らせる目印になるものはないかと、もう一度辺りを見渡した。入口付近に設置された自販機が目に止まった。 『入口の自販機の前にいる』 フリック操作で手早く打ち込み、自販機まで歩いた。すぐに携帯が震えた。『了解』とあった。それから5分と経たないうちに、香月は現れた。ネイビーのスーツに、黄色いネクタイがよく映えていた。ジェルかなにかで固められた黒い短髪と、眼鏡。そして今日もイラつくほど顔は整っていた。 「...はあ」 「開口一番ため息かよ。ぶん殴るぞ」 殴りたいのは俺の方だ。その綺麗な面構えを歪んだアート作品にしてやる。 「腹減った」 「何食う?」 「焼き鳥」 「いーねぇ」 香月は俺に同調すると、「さ、今日も飲むぞー」と俺の肩に腕を回してきた。 「やめろ馴れ馴れしい」 「俺と桐谷の仲だろ」 「それこの間も聞いた。他にレパートリーねぇのか」 「定番ってのはリピーターがいるからこそ生き残るもんだろ」 「リピートした覚えはねえよ」 「してるだろ。だからこうして会ってる」 俺は返す言葉を失って、香月の得意顔を拝む前に乱暴に腕を振り払い、前を歩いた。 「っとに可愛くねえなぁ」 「聞こえてんだけど」 「聞こえるように言ったんだよ」 俺は小さく舌打ちをして、歩みを早めた。 不愉快になるのは、香月の言う事がほぼほぼ的を得ているからだ。素直さに欠ける俺は、香月の言う通り可愛げのある人間ではない。 小走りで俺に追いついた香月が隣に並ぶと、わざとらしく俺の顔を覗き込んできた。鬱陶しかったので無視をした。

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