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相性(5)※

ドッドッドッドッドッドッ。 手の平に、早鐘のごとく脈打つ心臓の鼓動を感じた。 「...な?」 片方の眉を吊り上げて、俺に同意を求めてきた。 俺の息遣い、視線、顔面の僅かな筋肉の動きですら逃さまいと、虎視眈々と獲物を狙う狼のような目で、俺を見据えていた。 ほとんどわからないくらい小さく頷いたら、香月の表情が和らいだ。 「やっぱ可愛いよ、お前」 かっ、と顔中に熱が集まる。可愛くねえとか、散々言うくせして、時折真逆のことを言ってのける。 「...って、...せに、」 「なに?」 「可愛くねえって、...言うくせに、」 香月の表情がキョトン顔になった。 それからすぐに、ふ、と気の抜けたように笑って、眼鏡を外し始めた。 「お前可愛いって言われたかったのか?」 「や、そういうことじゃ....」 「桐谷は、可愛いよ。可愛くない時もあるけど」 香月の裸眼の眼力は、凄まじい。良くも悪くも、逸らせなくなる。 「なあ。何顔真っ赤にしてんの」 「してねえ...」 「してるよ」 香月の長い指先が、俺の頬に触れた。ぴと、ぴと、と頬の熱を確かめるように。 「恥ずかしい?」 「...はずか、し、」 「可愛い」 「っ.....」 「恥ずかしがってるお前、嫌いじゃねえよ」 ドッドッドッドッ。 今にも飛び出しそうな勢いで、心臓が鼓動する。心臓のお陰で、この身体に張り巡らされている血管に血が運ばれて俺は生きている。そのはずなのに、これじゃあ血圧に耐えかねた血管が破裂してそのうち死んでしまいそうだ。 「もっと恥ずかしくしたい」 「ば、か...しねっ、」 「桐谷、ちょっと聞けよ」 「な、ん、...っ、」 見ると、案外、真剣な眼差しをしていたので、俺は思わず黙り込んで香月の言葉を待った。 「この間はさ、ぶっちゃけ男相手ってどうなの?って思ってたけどさ」 少し意外だった。香月のことをゲイだと思い違いするほど、自然な振る舞いだったから。 「ちゃんと勃ったし」 シャツの隙間から香月の手が入り込んできた。腹筋に沿うように、指先が蠢く。 「すげー興奮したし」 擽ったい。 「悪くねえなって思ったし」 気持ちいい。 「一晩じゃもったいねえな、とも思ったし」 それは、俺も思った。 「お前の肌気持ちいいし」 それは、...初耳だ。 「相性いいんだろうなって」 俺が息を呑んだのがわかったのか、香月は一瞬俺の目を覗き込んだ。 「まあまだ挿れてねーけど...」 呟くように言ってから、香月は手を滑らして俺の左胸に直に手を置いた。 ドッドッドッ、ドッドッドッ。 相変わらず鼓動は喧しい。 「....おっぱいねえのに触りてえなって今思ってるし」 「っ.....なに、言ってんの、」 すす、と胸の上を軽擦する。軽く揉むように、下から掴むような仕草をする。 「うん。やっぱりねえもんなあ、おっぱい」 「.....おい」 「でも触りたいって、思ってんだぜ。やばくない?」 香月が困ったように苦笑する。初めて見た表情に、不覚にも、胸がきゅう、と鳴った。 「なあ、桐谷はどうなの」 「え...」 「俺に、触られたい?」 俺の意志を確認するような目で、真っ直ぐ俺を見下ろす。 ここまで来たのは、香月に流されたわけでも、無理強いされたわけでもない。俺は俺の意志を持って、合意のものでここへ来た。 香月も分かっているはずだ。それでも確認しようとする。 香月は俺が思っている以上に、優しい人間だ。 「...さわって、ほし、」 「へえ。男なのに?」 「....ん、」 「恥ずかしいのに?」 「....ん」 「そうか」 なぜこんなに優しく笑えるのか。 優しい人間は最初から優しいわけじゃない。辛いとか、悲しいとか、そういう心の痛みを知っているから、優しくできるのだ。 香月のことをもっと知りたいと、素直に思った。 気付いた時にはキスされていて、途端に頭の中にあったものはトロトロと形を無くしていった。 また俺の悪い癖が出ていたようだ。 ごちゃごちゃ考えない。 今必要なのは、本能と、感性と、思い遣りだ。 考えなくても大丈夫。 何せ俺たちは、相性がいいのだから。

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