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涙(4)
「落ち着け」
そんな香月の目を見た途端、急に目頭が熱くなった。
酷い事を言った。
思ってもいない事を言った。
悪かったと、一言詫びなければ。
詫びようにも口はパクパクとしか動かず、音もなく空気を揺らすのみだった。
ふと、都が最後に部屋を出る間際の情景が、脳裏を過ぎった。
『今までありがと。元気でね』
きっと散々泣いたのだろう。
俺を見つめる目は腫れていた。
俺に向けられた声は少し枯れていた。
切なく、悲しい色を帯びていた。
あの時も、俺は何も言えなかった。
ごめんな、の一言すら言えなかった。
結局、俺は何も変わっていない。
俺に背を向けて歩き始めた都の小さな背中。
寝て起きれば陽は登っていて、また夜がきて、月日は勝手に進んでいく。
前を見ていたつもりだった。
だが実際の俺は、立ち止まったまま、何も変わっちゃいなかった。
じわ、じわ、と視界が霞んでくる。
止まれと心で叫んでも、一度溢れたものは止まらなかった。
霞んだ視界に映る香月が、驚いたように目を見開いた。それから、「...そうか」と一言だけ呟いて、目元が急に優しくなった。
「まだ、泣いてなかったんだな」
ついに目尻から涙が流れた。それを皮切りに、とめどなく涙が溢れてきた。香月は静かに手を伸ばすと、頬に手を添えて溢れた涙を拭ってくれた。
添えられた手は、暖かかった。
こんな風に香月に触れられたのは、初めてだった。
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