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涙(5)
香月の行動に驚いている間もなく、抱き寄せられた。
何回も、こうして香月の隣に横になってきたというのに、感じたことのない居心地の悪さに動揺して、俺は小さく縮こまっていた。
手の感じも抱擁感も、別人のようで困惑した。こんな風に誰かに抱きしめられたのも、久しぶりだった。
普段の俺は、どんな風に香月に身を預けていたのだろう。...わからない。どうするとか、こうするとか、手順も決まりも何も無いからだ。戸惑いと混乱で、緊張感ばかりが増す。やっと出てきたはずの涙も止まっていた。身体が強ばっていくのがわかる。俺の混乱を他所に、香月は髪を撫でつけてきた。
「...な、に、...して、」
「何って。抱きしめてんだろ?つーか...あー、なんでそうなるかなぁ...」
「は...?」
「なんで泣くの止めるんだよ」
「止まったんだよ!だってお前こんな、急に、...」
この感触が、欲望のみで人に触れる時の淡白さではなかったからだ。
慈愛と温もりに満ちた、あたたかみのある抱擁だったからだ。
母のようで、父のようで、恋人のような、無償のあたたかさを湛えているからだ。
「お前、人前で泣いたことないだろ」
「....ん」
「そうだろうなー」
泣いたのは恐らく、この世に生まれた瞬間と、子どもの頃くらいだろう。
俺は昔から今もずっと、不器用に生きている。
香月の胸の鼓動が聞こえていることに気付いた。とくん、とくん、と優しく刻まれる心臓の音が心地いい。目をつむってその音に耳をそば立てた。
そうすると少しずつ、落ち着いてくるのがわかった。
相変わらず引いた涙は出てくる気配はないけれど、それでも幾分か、楽だった。大きく深呼吸する。息を吸い込んだ分、香月のあたたかさと優しさが染み込んでくるようだった。
それを2度、3度、繰り返した。
胸にあった氷の塊みたいなものが、ゆっくり溶けはじめていく気がした。
今なら言えると思った。
俺は香月の胸元にそっと縋って、香月の名を呼んだ。
「...香月」
「んー?」
「...悪かった」
香月は「ん」とだけ言って頷くと、くしゃくしゃと俺の髪を搔き撫でた。
一気に身体の力が抜けて、楽になった。
俺は香月の胸に顔を埋めた。
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