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課題(5)

「...くん。桐谷くん」 「...へ?」 名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたのは上司の根塚遥介(ねづか ようすけ)だった。 「あ、すいません根塚さん。なんでしょう?」 気の抜けた返事をしてしまったことを早口で詫びて、要件を聞いた。根塚は資料の件で確認してほしいことがある、と俺を自分のデスクまで呼びに来たのだそうだ。 「根塚さん、内線使ってください。わざわざこっちまで来ていただくの申し訳ないです」 それを聞くと、根塚は困ったように笑って、肩を竦めた。 「あんまり好きじゃないんだよ。こき使ってるみたいでさ」 根塚は、確か30代後半だったろうか。温厚で人望も厚い彼のことは、同僚としても、上司としても、好感を持てた。 根塚の後について、彼のデスクまで向かった。パソコンのデータを覗き込んで、資料に目を通す。俺が一通り確認するのを待ってから、根塚は細かい要件を話した。 根塚の話し方は、ゆっくりで、丁寧で、そして簡潔だった。要件を理解した俺は、一旦データを預かってもいいか、と確認した。根塚はもちろんだと快諾して、あとでメールで添付して送ると言った。 「期限はいつまでですか」 「来週の金曜日。間に合うかい?」 俺は腕時計で曜日を確認した。 今日は木曜日。期限まで1週間程ある。 「大丈夫です」 「ありがとう。助かるよ」 根塚は笑顔を浮かべ、ぽん、と軽く俺の肩を叩いた。 「桐谷くんここんとこ元気なかったから、心配してたんだよ」 「僕がですか?」 根塚は頷いて、ああ、でも、と更に続けた。 「最近は、まだマシになったかな?」 思い当たる節なら、山ほどある。 都の顔。 香月の顔。 交互に脳裏に浮かんで、複雑な気持ちになった。 特に、香月のあの憎たらしい笑みを思い浮かべると、苦虫を噛み潰したような気分になった。 「仕事任せといてこんなこと言うのもなんだけどね。あんまり、無理しないで」 「すいません...気にかけていただいて。大丈夫ですよ、毎週飲み歩けるくらいの元気、有り余ってますんで」 「そうかい。それは頼もしいね」 根塚は軽やかに笑って、「また若いの連れて飲みに行こうな」と言った。根塚とは何度か、他の社員と共に飲みに行ったことがあった。このご時世上司との飲み会は目に見えて減ってきているとは思うが、俺は根塚と飲みに行くことにストレスを感じたことは無かった。俺は頷いて、席を立った。 「じゃあ、来週の金曜まで。頼んだよ」

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