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課題提出(2)

身の危険を察知したとき、攻撃の術として、あるいは己を守る術として、ドウブツは威嚇という手段をとる。睨みつけ、歯を剥き、咆哮し、言葉という武器を、我が身という武器をもって、力の誇示をする。 それは悪魔という超越した存在を相手にした時でも遺憾無く効果を発揮するものなのだろうか。 いや、できる。 悪魔とはいえ目の前にいる男は所詮は俺と同じ人間だ。思い切り睨んでやろう。なんなら噛み付いてやろう。凄んでみせて、怯ませて、ムードも何もかもぶち壊してやればいい。 そう意気込んでやってきた。しかし俺は今、何故かこうして悪魔の腕の中にいる。 「そんな不安そうな顔すんなって」 俺は睨むことも、噛み付くことも、叫ぶことすらできず、怯えた羊のまま不安を顕にしていたというのだ。 顔が熱くなっていた。 情けないのと、羞恥と、憤りとで、俺はただただ顔を赤らめることしかできなかった。 悪魔の腕が暖かい。首筋にあてがわれた唇が暖かい。髪を抱くその手が暖かい。 そうやって人を惑わすのか。人を食らうのか。...生贄にでもなった気分だ。 だがきっと、悪魔は生贄をこれほど暖かく迎え入れることはしない。 俺を抱くのは悪魔でもなんでもない、香月という一人の男だった。 俺はようやく理解した。 この一週間で目まぐるしく感情が移り変わった。虚無感も、苛立ちも、憂鬱も、全ての感情の起伏の根源はここにあった。 俺はひたすら不安だったのだ。 香月に顔を覗き込まれそうになって、咄嗟に香月の肩に顔を埋めた。こんな顔、晒せない。見られたら最後俺は死ぬ。俺の心が死ぬ。恥ずかしくて死ぬ。見られるくらいだったらこうしてしがみついていた方がずっとマシだ。 香月の手が軽く頭に乗せられて、ポンポン、と撫でてきた。 「なんでそんな恥ずかしがってんの?」 バレている。何故だ。顔を見られたのか。そんなはずはない。やはり香月は人の心をすら見透かす超人離れした存在なのか。感情が渋滞した胸がキャパシティを超えて大破しそうだ。 「なんでもねえよ...っ」 覇気のない情けない声だった。泣きそうな声と言ってもいい。俺はそうして墓穴を掘り続け、自滅していった。もうこの際掘ったなら掘ったでいい、むしろ好都合だ。穴があったらなんとやら、だ。入って身を隠して冬眠でもなんでもしてやる。 だが、香月にふ、と耳元で笑われたその瞬間、俺はついに、蒸発した。 「やっぱお前、可愛いわ」 そう言ってまた唇を首筋に押し当てる。擽ったさに身を捩れば、また場所を変えて唇を這わせてくる。 「熱い...ここ。ここっていうか、お前の身体全部熱い」 背中から香月の手が入り込んできた。自分の身体がどれだけ熱いか、その手との温度差で思い知らされる。ぬくぬくとした手の平が、ゆっくりと肌の上を滑る。手の平と俺の肌の間には、1枚の薄っぺらい紙を挟んだような曖昧な距離感を保てれている。それがこそばゆく、もどかしい。 脇腹を通った瞬間、ひくりと腰が捩れ声が漏れた。

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