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R&B(6)
食事を終えた後、俺は香月に断って風呂場を借りて、シャワーを浴びた。
途中、脱衣場から香月に声を掛けられたので応えると、自分のものでよければ着替えを貸すので置いておくとのことだった。ありがたいことに俺たちは背格好が似ている。これまでも何度か服を借りたことがあったが、サイズ感に困ることなく着ることが出来た。
俺はシャワーの音に負けないように声を張って礼を言った。
シャワーからあがると、綺麗に畳まれた下着類と服が置いてあった。香月は、結構几帳面な男だと思う。そして綺麗好きだ。部屋はいつ来ても綺麗で、整頓されている。
香月の服を着る。ふわりと香るのは、普段自分が身につける衣類とは異なる香りだ。人の服を着ると、香りの違いがよくわかる。洗剤か、柔軟剤か何かなのだろうが、俺の好きな香りだった。
もちろん、香月の首筋からいつも感じるあの香りは別物だ。
時には癒しを、そして時には興奮を与えるあの香り。未だに正体は掴めてはいないが、アロマにも媚薬にもなるあの不思議な香りの虜になってしまっているのは否めなかった。
着た服は、有名なアウトドアブランドのTシャツだった。俺も好きなブランドだったので、少し嬉しかった。センスいいじゃん、と内心香月に拍手を送りながら、用意されていたボトムスを手に取った。
ワイドパンツだったので、少し驚いた。
香月の普段着は、スキニーなどわりと細身のものが多い。逆に俺はどちらかと言うとゆったりしたものが好きなので、出かける時はそういう服を選ぶ。香月は、俺の好みをよくわかってくれていた。
フェイスタオルを肩に掛けて、リビングに戻った。香月はソファで携帯を弄りながら寛いでいた。俺に気付いて、香月は顔を上げた。
「シャワー、ありがとう。...服も」
香月が俺の足元から頭のてっぺんまで順に見ていった。そして一言、「いいじゃん」と笑った。
「俺夕方まで空いてるけど、どっか行く?」
俺の勝手で酔っ払って電話して、迎えにまで来て貰った挙句家にまで泊めてもらってしまったが、香月にも予定はある。申し訳なく思って一言詫びようと思った矢先、先に香月が口を開いた。
「日中は元から空いてたから心配すんな」
俺の懸念が顔に出ていたらしい。返答に困っていると、香月は更に続けた。
「んじゃさ、買い物付き合ってよ」
「ああ...うん、もちろん」
香月が笑うと、ソファを立った。そして俺の前を通り過ぎる間際に、くしゃくしゃと俺の濡れた髪を撫でた。
「ちゃんと乾かせよー。俺着替えてくるから」
香月が寝室へ姿を消した後、一人残された俺は、香月に撫でられた頭に触れた。
触れられた瞬間、ほんの少しだけ、身に覚えのない映像が脳裏を過ぎったので、俺は小首を傾げた。つい最近、そうやって香月に触れられたような、そんな記憶だったからだ。
香月はやはり細身のパンツをはいてきた。長い脚が更に長く見える。細いが貧弱な脚ではない。習慣的に走っているらしく、ほどよく引き締まった筋肉質な脚をしていた。俺は筋トレは時々するが、走る習慣はないので、香月のような筋肉の付き方はしていない。玄関先でスニーカーを履く香月の後ろ姿を眺めつつ、同じ男ながら感心した。
香月の部屋は、賃貸マンションの4階にあった。廊下を歩きながら、俺は下の景色を眺めた。マンションの傍には小さな川が流れていて、川沿いには桜の木が並んでいる。春なんかには花見も出来そうな景観のいい場所だった。今は濃い緑の葉のみを茂らせているが、それはそれで川に映る緑がとても綺麗だった。
エレベーターに乗り1階までおりて、駐車場に向かった。途中住人であろう主婦と出くわして、軽く会釈をして通り過ぎたが、すれ違いざまにじっくり顔を観察された。見慣れない顔だったからだろう。何せ俺は、ここのマンションの住人ではない。仕方がないこととはいえ、他人にまじまじと顔を見られてあんまりいい気分はしなかった。何となく少し歩みを早めて、香月のすぐ横を歩いた。
「昼飯一緒に食う時間ある?」
横につくなり香月に尋ねると、香月は当たり前だと言うように深く頷いた。
「奢るわ」
「ははっ、なに?気にしてんの?」
「いいから。何食いたいの」
「廻らない寿司」
「ちょっと遠慮しろ?」
「冗談だよ」
香月はカラカラと軽快に笑うと、車のキーを取り出して遠隔操作で鍵を開けた。ピピッ、と音がして、香月の愛車、黒のランクルのロックが解除された。
「100円寿司でも十分嬉しいよ」
振り向きざまにそう言うと、小さく口角を上げて笑って見せた。それからドアを開けて、長い脚で車に乗り込んだ。
何だよ、いちいちクソかっこいいじゃん。
「腹立つわー...」
ふ、と零れる笑みをそのままに、俺も少し遅れて助手席に乗り込んだ。
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