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スーツと服(2)
仕事を終えて帰路についた。電車に揺られながら、俺は携帯を開いた。LINEを起動し、香月のトークルームをタップする。
最後にやり取りをしたのは昨日、日曜の夜だった。香月から身体を気遣うLINEが来ていた。
『体調どうだー?』
『大丈夫。心配かけて悪かった』
『よかった。昨日は寿司、ごちそーさん。次は焼肉でよろしくなー』
『一体何のお話でしょうか?』
『お前が俺に焼肉をごちそうしてくれるお話♪』
それから俺はまだ返信が出来ていなかったので、こうして今トークルームを開いているわけだ。
あの日コンビニで、俺は何度も顔を洗った。
水の力を借りて、全て洗い流す勢いで洗った。もちろん何も流れはしないけれど、少しはマシになった様な気になれた。
気持ちを切り替えて車に戻ったあとも、自然に振る舞えていたとは思う。
香月には、体調を心配されて何度も顔色を窺われた。それが少し辛いものがあったが、澄ました顔をしてやり過ごした。
昼飯は、本当にそれでいいのかと念押しした末、それがいいんだと香月が言うので100円寿司を食べた。それから香月の買い物に付き合い、俺も少し買い物を楽しんで、香月が予定があると言っていた夕方頃まで一緒に過ごした。
自宅まで送ってもらい、香月のランクルを見送る中、大きな忘れ物に気づいた。
俺のスーツだ。
仕事終わりにそのままの格好で行動していたので、俺はスーツのままだったのだ。まるごと香月の家に置き去りにしてしまった。数着持っているので休み明けの出勤には困らない。しかし大事な仕事着ではあるので、流石に手元にないとなんとなく落ち着かなかった。
すぐに香月に連絡を入れた。
スーツは次回会うタイミングで、引き取ることになった。俺も香月から借りている服を返さなければいけないし、ちょうど良かった。
その次回というのが、この焼肉の日になりそうだった。
『ごちそうはしてやらねえけど焼肉は食いたい』
そう返信して、俺は携帯を閉じた。
電車に揺られながら、夕陽で染まった街並みをじっと眺めた。ビルで埋もれた無機質な風景が、茜色に染め上げられている。俺はこんなにすっきりしない心持ちだというのに、とても綺麗な眺めだった。
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